「貴方が知っている”ヴェルデ・シエロ”とは、誰です?」
ケツァル少佐が落ち着いた声で尋ねた。テオは彼女が最前から”操心”を使っていることを知っていた。ペドロ・ウエルタと名乗った男は少佐に逆らえない。彼女の質問に対して嘘で答えたり、沈黙することは出来ない。ウエルタは目に薄っすらと涙を浮かべて答えた。
「ムリリョ・・・我が神の名前はムリリョだ・・・」
テオはびっくりしたが、デルガドも目を見開いた。しかし彼等よりもベアトリス・レンドイロの驚きの方が大きかった。
「ムリリョ? まさか、あの考古学のムリリョ博士?」
「セニョリータ・・・」
とデルガドが彼女を呼んだ。レンドイロが彼を見て、視線を合わせた。テオはいきなり彼女がガクンと膝を折り、全体重を彼に掛けてきたので慌てた。デルガドが彼女を眠らせたのだ。
ケツァル少佐はそんな小さな騒動など目に入らぬ様に、ウエルタに質問を続けた。
「ムリリョが貴方にレグレシオンのことを教えたのは、貴方がレンドイロを捕まえる前でしたか、後でしたか?」
「前だ。遺跡のことを調べに来る他所者がいたら知らせろと命じられた。特にレグレシオンと言う悪い連中は七柱のことを知りたがるから、警戒しろと言われた。七柱のことを調べている女記者や占い師が来たら遺跡に近づかせるなとも言われた。」
「その女記者をレグレシオンが誘き出したので、貴方が横取りしたのですね?」
「スィ。」
「彼女を奪われたレグレシオンの男はどうしました?」
「死んだ。」
ウエルタは平然と答えた。”操心”に掛けられているとは言え、あっさりし過ぎている、とテオは感じたが黙っていた。支えているレンドイロの体が重たくなってきた。
「貴方が殺したのですか?」
「ジャガーに一撃された。俺はやっていない。」
そのジャガーは誰かのナワルなのか、それとも野生のジャガーなのか。テオは野生のジャガーならタイミングが良すぎる、と思った。”ヴェルデ・シエロ”のナワルだ。ベアトリス・レンドイロを尾行していたのか、それともレグレシオンの男が尾行されていたのかわからないが、恐らくその”ヴェルデ・シエロ”は”砂の民”なのだろう、と彼は思った。だがムリリョ博士ではない、とテオは確信した。博士が変身して過激派の血で己の牙を汚すだろうか。それに博士はジャガーではなくピューマだ。ではウエルタが見たジャガーは?
ジャガーの詳細を聞きたかったが、少佐の”操心”術の邪魔をする訳にいかない。テオは我慢して彼女の質問を聞いていた。
「殺された男の死体はどうしました?」
「森の中に埋めた。」
「では、レグレシオンから助けたレンドイロを何故遺跡に監禁したのです。」
ウエルタはテオが仰天するような返答をした。
「ジャガーに捧げるためだ。ジャガーが戻って来たら、彼女を生贄に差し出すつもりだった。」
だがジャガーは戻って来なかった。だからレンドイロは殺されもせず、1ヶ月も鎖に繋がれていたのだ。
ケツァル少佐がハァッと息を吐いた。ペドロ・ウエルタはハッと夢から覚めたかの様な顔をした。そして不安気に大統領警護隊の緑色に輝く徽章を胸に付けた男女の軍人を見比べた。”ヴェルデ・シエロ”と会話が出来ると言う大統領警護隊だ。
少佐がレンドイロを振り返った。
「この女性をジャガーの生贄にするつもりだったのですか?」
ウエルタは己が何を喋ったのか記憶にないのだろう、顔が土色になった。
「俺は何を喋ったんだ?」
少佐がテオに尋ねた。
「この男をどうすべきですか? 誘拐と監禁の罪で憲兵隊に引き渡すことは出来ます。」
「”ヴェルデ・シエロ”の僕として遺跡の番人をしていたんだな? 口は固いと思う。神の話を他人にすればテメェの命がなくなるってことは理解しているだろう。」
テオはウエルタに尋ねた。
「君はこの女性を誘拐したのか?」
ウエルタはテオが支えているレンドイロを見た。ぐったりしている彼女を暫く眺め、それからテオや大統領警護隊を見ないように努めながら言った。
「そうだ。彼女が悪い奴に騙されて森に連れて来られたのを助けた。だけど美人だったので、俺の女にしようと思って閉じ込めていた。」
簡潔な、しかし憲兵隊が納得する説明だ。嘘の説明だが、世間は信じるだろう。ウエルタは己の名誉が地に落ちても主人である”ヴェルデ・シエロ”の命令を守り抜くのだ。
ケツァル少佐がレンドイロを見て、それからデルガド少尉を見た。
「少尉、彼女を起こしなさい。テオに担がせて行くつもりですか?」
「申し訳ありません、尋問を聞かれたくなかったので。」
デルガド少尉はレンドイロの額に右人差し指を当てて、「起きろ」と囁いた。
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