大統領警護隊遊撃班副指揮官カルロ・ステファン大尉は最後の銃弾が回収されたので、部下達に”感応”で全員集合をかけた。しかし、いつも優等生で時間に遅れたことがないファビオ・キロス中尉がまだ来ていなかった。隣で同じく部下達を集合させた警備班第7班と第8班のリーダー達も、ヒソヒソ話していたので、ステファンはそちらへ顔を向けた。
「戻って来ない部下がいるのか?」
第8班のリーダー、アダベルト・ロノイ大尉が認めた。
「第8班のビダル・バスコ少尉がまだ戻らない。」
そう言えば目立つ肌の色をした兵士がいないな、とステファン大尉は気が付いた。彼はキロス中尉とよくコンビを組むグワマナ族のデルガド少尉を振り返った。
「デルガド、キロスとバスコを見かけなかったか?」
通常野外活動する場合は所属班に関係なく2人1組で行動することが原則になっていた。デルガドはキロスと一緒にいた筈だ、とステファンは思い出した。デルガドが答えた。
「半時間前迄中尉と一緒にいました。バスコ少尉は見かけませんでしたが、鳥真似で呼ぶ声が聞こえたので、それが少尉だったのかも知れません。中尉が様子を見てくると言われて、私から離れられました。数分後に、中尉が、川へ行くから先に戻れと声をかけられましたので、私は戻りました。」
「川へ行くと言ったのか?」
ステファン大尉は少々困惑してロノイ大尉を振り返った。この近辺で川と言えば、カブラロカの遺跡がある渓谷から流れ出る細い流れだけだ。集合場所から徒歩で1時間近くかかる。ロノイ大尉がデルガドに尋ねた。
「バスコ少尉も同行したのか?」
「それが・・・」
デルガド少尉は”心話”を上官に求めた。ステファン大尉とロノイ大尉はそれに応じ、デルガド少尉が薮の向こうから聞こえた音声を2人の上官に伝えた。ロノイはそれを第7班のリーダー、クレメンテ・アクサ大尉にシェアした。
バスコ少尉とキロス中尉は「子供」に出会い、その子供を追いかけて行ったと思われる会話が、デルガド少尉には微かに聞き取れた。
ステファン大尉は腕時計を見た。本部へ帰投する門限はないが、予定より遅れるのであれば連絡を入れなければならない。
ステファンはロノイ大尉とアクサ大尉に言った。
「私がデルガド少尉とここに残る。貴方方は部下をデランテロ・オクタカス迄連れて引き上げてくれないか?」
2人だけで大丈夫か?とは誰からも訊かれなかった。彼等は全員”ヴェルデ・シエロ”だ。都会育ちの者もいるが、厳しい訓練を受け、選別された優秀な兵士ばかりだ。森の中での活動も既に何度も体験している。互いに相手の能力を疑うことをしなかった。指揮官達が心配するのは部下を無駄に消耗させることだけだ。アクサ大尉とロノイ大尉は承知した。遊撃班10名も連れて帰るのだ。
「車を1台残しておく。2000迄に君達が戻らなければ、本部に連絡する。」
アクサ大尉がジープを1台目で指した。ステファン大尉は頷いた。アクサ大尉が指揮官同士だけに聞こえる声で言った。
「いかなる理由であれ、集合に遅れるのは懲罰ものだ。キロスとバスコには後で全員にビールを奢らせる。」
ステファンとロノイは吹き出し、頷いた。
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