2022/05/12

第7部 南端の家     8

  仲間が去ると、演習場所は静かになった。ステファン大尉は仮砦だった空き地に残った切り株に腰を下ろし、抑制タバコを咥えた。火は点けない。気を抑制してしまうと、敵の奇襲に遭った時に気のコントロールが難しくなる。彼は白人の血を引いているので、純血種の同胞と違って超能力をコントロールするのにも精神力が必要だった。タバコを咥えるのは、ただ口寂しいからだ。
 デルガド少尉は近くの大木に登って太い枝が出ている箇所に座った。ナイフを研ぎながら周辺に気を配っていた。ステファンが低い声で話しかけた。

「バスコ少尉は単独行動だったのか? ロノイもアクサも彼の相棒らしき部下に触れなかったが・・・」

 デルガドが肩をすくめた。

「第8班は人数が奇数でしたから、一人余ったのでしょう。バスコは銃弾探索の開始時点から私達のそばにいました。ロノイ大尉も承知されていたと思います。」
「つまり、単独行動をしていたのではない、と言う言い訳か・・・」

 ステファン大尉はちょっと気に入らなかった。バスコ少尉は肌の色の違いで仲間外れになっているのではないだろう。人種ミックスなので、気の抑制に多少問題があるに違いない。ステファンも警備班にいた頃経験していた。純血種の隊員は、気の抑制が上手く出来ない人種ミックスの同僚と組むのを嫌がるのだ。己が危険に曝される恐れがあるから。大統領府で警備に就いている平時は良い。だがジャングルの中で軍事演習したり、実戦になると命が懸かってくる。”出来損ない”との組み合わせは御免だ、と言う論理だ。
 警備班総指揮官は面倒見の良い男だが、遊撃班や他の部署と違って部下が多過ぎる。人員管理を各リーダーに任せているので、一人一人の教育まで手が回らない。訓練所から卒業してしまうと隊員達は自力で実践力を学んでいかなければならない。バスコ少尉は身近に良いお手本となる先輩や同僚がいないのかも知れない。
 忍耐を強いられる「待つ」体制でいること2時間、やっと木の上にいたデルガド少尉が背を伸ばした。

「キロス中尉とバスコ少尉の気を感じます。ええっと・・・誰か連れていますね。」

 ステファン大尉はタバコをポケットに仕舞い、立ち上がった。自分達の存在を伝える為に鳥真似をした。キロス中尉が応えた。
 演習場だった空き地に、ファビオ・キロス中尉とビダル・バスコ少尉が姿を現したのは10分後だった。2人に挟まれるようにして、10歳に満たないと思しき先住民の少年が1人一緒だった。
 キロス中尉は上官以外の仲間がいなくなっていることで、自分達の遅刻が仲間を困らせたと理解した。彼はステファン大尉の正面に立ち、敬礼した。

「遊撃班ファビオ・キロス中尉、警備班第8班ビダル・バスコ少尉、只今戻りました。遅延により隊にご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした!」

 ステファン大尉は少年を見た。少年がバスコの手を握っていることに気が付いた。顔手足は綺麗だが、服は破れ、汚れている。ステファンはキロスに声をかけた。

「言い訳を聞こう。」

 キロス中尉は「はっ」と敬礼し、”心話”を求めた。ステファン大尉はそれに応じた。
 ビダル・バスコが少年を見つけ、キロスが駆けつけると少年が逃げ出した。2人はジャングルの中で彼を追いかけ、捕まえた。少年は狂気の如く暴れ、泣き喚いたので、彼を落ち着かせる為にキロスはバスコに水場を探せと命じ、残して来た相棒のデルガド少尉に川へ行くと声をかけた。キロスとバスコは少年に何処から来たのかと尋ねたが返事をもらえなかったので、川を探し、水で少年を洗い、落ち着かせた。水を得ると少年は気を鎮め、バスコが所持していた干し肉を貪り食べた。成人相手なら”操心”で事情を説明させるが、子供には使わないのが大統領警護隊の規則だ。子供の柔軟すぎる心に精神波を送ると悪影響を与えると考えられていたからだ。子供は口を利かなかったが、バスコが「兵隊が大勢いる所へ行くか?」と訊くと頷いた。それでキロスとバスコは少年に時々声をかけながら演習場所に戻って来た。
 それらの事情を一瞬で報告されたステファン大尉はちょっと戸惑った。子供の相手は滅多にしたことがない。彼はジープに行き、車内から装備品のビスケットを取り出した。それを水筒と共に子供に渡すと、子供はまた食べた。食べている子供の相手をバスコ少尉に任せ、ステファン大尉はキロス中尉に尋ねた。

「迷子にしては、場所が奇妙だな。」
「スィ。親が近くにいる気配がありません。それに・・・」

 キロスは声を小さくした。

「川に近づいた時、あの子は怖がったのです。上流を見て、ママと呟いたのですが、決してそちらの方へ行こうとはしませんでした。」
「上流にママがいて、しかし、怖いものもいるのか?」
「川に沿ってカブラロカ渓谷の奥へ向かう道があります。数台の軍用トラックが通った跡がありました。まだ新しく、今朝のものと思われます。昨日、陸軍航空部隊のヘリコプターが飛んでいましたが、関係があるでしょうか?」

 ステファン大尉は考えた。陸軍が訓練やゲリラ掃討作戦を行うと言う情報は全くなかった。カブラロカ渓谷で何か想定外のことが起きたのかも知れない、と彼は考えた。カブラロカ渓谷の奥に遺跡があると聞いたことがあるが、遺跡絡みなのか、それとも、森で暮らしている先住民に何かあったのか?
 彼はバスコ少尉に声をかけた。

「その子はまだ何も喋らないのか?」
「ノ、何も・・・」

 バスコ少尉は少年を気遣うように顔を見たが、少年は彼と目を合わそうともしなかった。しかし、バスコが立ち上がると、彼も慌てて立ち上がり、バスコの手を握った。それを見たステファン大尉は、樹上のデルガド少尉に声をかけた。

「デランテロ・オクタカスへ引き上げるぞ、エミリオ!」

 そしてキロス中尉とバスコ少尉にジープに少年を乗せるようにと命じた。

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