2022/05/13

第7部 南端の家     9

  デランテロ・オクタカスへ向かう車のハンドルを握ったデルガド少尉は時々後部席の気配を背中で伺った。後部席では、少年がファビオ・キロス中尉とビダル・バスコ少尉に挟まれて座っていたが、半時間もするとどちらにともなく頭を傾けてうとうとし始めた。助手席のステファン大尉が囁いた。

「くたびれているんだな。」

 4人の大統領警護隊隊員は話し合った訳ではなかったが、少年が何か恐ろしいことから逃げて来たのだろうと想像をしていた。見知らぬ軍人に捕まるより、もっと恐ろしいことだ。

「この子をどうしますか、大尉?」

とビダルが質問した。キロスが答えた。

「決まっているだろう、憲兵隊に引き渡す。先住民に関するトラブルは憲兵隊の管轄だ。」

 自分達も先住民なのだが、大統領警護隊が「先住民」と言う時は、本当の”ヴェルデ・ティエラ”を意味する。つまり、白人や旧大陸のその他の人種の血が混ざっていないインディヘナで、”ヴェルデ・シエロ”でない先住民のことだ。
 ステファン大尉からもデルガド少尉からも異論が出なかったので、ビダルは黙り込んだ。少年を最初に見つけたのは彼だ。少年は何かに怯えているが、それが何なのか喋ってくれない。第一発見者として、ビダルは少年を助けたいと言う衝動に駆られていた。もしかすると、非業の死を遂げた一卵性双生児の弟ビトの代わりに少年を助けたいだけなのかも知れないが。彼は少年の耳元で囁いた。

「せめて君の名前がわかればなぁ・・・」

 携帯電話の電波が届く圏内に入って間もなく、ステファン大尉の携帯に着信があった。ステファンが電話を取り出すと、警備班第7班のアクサ大尉からだった。

「ステファン・・・」
ーーアクサだ。電話が通じる場所にいると言うことは、帰還途中と考えて良いか?
「問題ない。キロス中尉とバスコ少尉も一緒だ。」
ーー遅刻の言い訳は電話で聞ける内容か?
「電話で言えない程複雑な内容ではない。森の中で子供を見つけて保護していたのだ。」

 すると、電話が数秒間沈黙した。子供と言う予想外の単語に驚いたのかとステファンが想像すると、やがてアクサ大尉が言った。

ーーその子供は君達と一緒なのか?
「一緒に連れて帰るところだ。何も喋らないので、名前も親もわからん。」
ーー逃さないよう、注意してくれ。理由は君達が戻ってから話す。以上。

 唐突に電話が切れ、ステファン大尉は眉を顰めて電話を見た。短い通話では何もわからないが、子供の存在自体はデランテロ・オクタカスでは意外ではなかった様だ。子供が大統領警護隊と出会って保護されたことが驚きだった、そんな印象を与えたアクサの喋り方だった、とステファン大尉は感じた。
 キロス中尉が己の帽子を脱いで、不意に少年の頭に被せた。バスコ少尉が訝しげに彼を見ると、キロスが前の座席にいる上官にも聞こえる声で言った。

「大尉の電話が聞こえました。子供の顔が車外から見えない様にした方が良いかも知れないと思いましたので、帽子を被せました。」

 彼もアクサ大尉の声を聞いて、何か普通でないことが子供の身に起きているのではないか、と感じたのだ。デルガドが提案した。

「駐留施設へ行く道で”幻視”を使って子供が乗っていない様に見せましょう。」
「ノ」

 ステファンは彼の提案を却下した。

「大人に挟まれて座っている子供の姿は外からは見えづらい。敢えて疲れるようなことはするな。」

 デルガドは「承知しました」と答えた。
 大統領警護隊のジープは鄙びたデランテロ・オクタカスの街中を通らず、直接町外れのダートの滑走路を備えた地方飛行場へ向かった。滑走路の片側に格納庫と思われる蒲鉾型の建物が10棟ばかり並んでおり、1棟はセルバ共和国空軍、2棟はセルバ共和国陸軍航空部隊、1棟は大統領警護隊が所有していた。空軍と陸軍は実際に航空機を格納したり、整備したりする場所として使用していたが、大統領警護隊は軍事訓練用の準備・休憩施設として使っていた。普段は軍属として雇われている3人の血の薄い”ヴェルデ・シエロ”の子孫達が管理人として勤務しているだけで、隊員は訓練の時やゲリラ掃討の戦闘時にしか来ない。
 管理人達は純血種の隊員達から同胞扱いされたことがなかったが、最近はミックスの隊員が増えてきたお陰で人並みに話しかけてもらえる様になった。純血種達も昔と比べて人当たりが柔らかくなった、と彼等は感じていた。
 一足先に帰還した隊員達の食事の世話などをしていた彼等は、新しい遊撃班の副官が帰って来るのを見つけて、喜んだ。ミックスの幹部候補生だ。無事に帰って来てくれた、と彼等は安堵した。と言うのも、アクサ大尉達が仕入れたカブラロカ渓谷の殺人事件の情報を集めたのが、彼等だったからだ。



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