2022/05/14

第7部 南端の家     10

  管理人が格納庫の扉を開けてくれたので、ステファン大尉はジープをそのまま格納庫内に乗り入れた。ガランとした空間に、軍用車両数台が駐車しており、その間に大統領警護隊の隊員達が班毎に集まって休息を取っていた。建物の中でキャンプをしているかの様な状態だ。コンクリートを敷き詰めた床だから、その上に野営用の装備を広げて座ったり寝たりするのだ。椅子やテーブルもあるが、全て折り畳み式だ。グラダ・シティに帰る時は、全部持って帰る。管理人には彼等が使う車だけしか残らない。管理が楽だと言えば楽だが、誰も来ていない時は寂しいだろう、と隊員の何人かはそう思った。
 ステファン大尉が車を停めると、アクサ大尉とロノイ大尉が出迎えた。車内から一番格下のビダル・バスコ少尉が急いで降りた。直属の上官であるロノイ大尉の前に立ち、敬礼した。

「ビダル・バスコ、只今戻りました。」

 一瞬で”心話”による報告がなされた。迷子の情報を得たロノイ大尉は少々困惑してジープに視線を向けた。ステファンとデルガド少尉、そして子供を連れてキロス中尉が降りて来た。3人の大尉が互いに目を見て”心話”を交わし、それからアクサ大尉が管理人を呼んだ。3人の管理人は格納庫の隅に設けられた簡易厨房で大鍋に作ったシチューを隊員達に配膳しているところだったが、1人が急いでジープのところへ走って来た。アクサ大尉が命じた。

「その少年に食べ物を与えて、何処かで休ませてやれ。その子の処遇を決める迄、誰かが見張っていろ。」

 管理人が「承知しました」と応じ、少年について来いと声をかけた。しかし少年はキロス中尉の制服の端を握り、離れようとしない。キロスが少し強引に彼を押し離すと、今度はバスコ少尉に駆け寄ってしがみついた。ビダルは困惑して上官を見た。ロノイ大尉が溜め息をついた。

「最初に接触した者を頼りにしている。バスコ、今夜はその子のそばにいてやれ。」
「承知しました。」

 少年にしがみつかれたまま、ビダルは敬礼して、管理人の誘導に従って、少年と共に厨房へ歩き去った。
 少年が話し声を聞けない距離まで遠ざかったと判断してから、ステファン大尉がキロス中尉とデルガド少尉に、先刻ロノイ大尉とアクサ大尉から分けられた情報を口頭で伝えた。

「カブラロカ渓谷の入り口付近にある民家が何者かに襲われ、家人3名が惨殺されているのが、一昨日の午後に発見されたそうだ。昨日我々が見た陸軍航空部隊のヘリは、捜査の為に現地入りした特殊部隊と憲兵を乗せていた。殺害されたのは、5人家族の大人3人、10代と7、8歳の男の子供2人が行方不明になっている。」

 キロスとデルガドが一瞬顔を見合わせたが、”心話”は行わなかった。キロスが尋ねた。

「我々が保護した少年が、その年下の子供の方だと、大尉方はお考えなのですね?」
「恐らく。」

とアクサ大尉が答えた。

「まだ一言も喋らないそうだが、きっと親が殺されるところを見てしまったのだろう。恐怖心を和らげてやらねば、何があったのか語らないと思う。それに殺害事件の犯人に関する情報は今のところ何も我々には知らされていない。あの子供はここから出さない方が良かろう。」

 大尉達は指揮官用に設けられた場所へ行った。デルガドとキロスは遊撃班の休憩場所へ向かった。子供に関する情報は仲間内で拡散しても良いが、格納庫の外は駄目だ、と命じられた。事件発生に関する情報は既に全員が知っていた。地元のラジオが伝えていたのだ。恐らく憲兵隊は秘密にしたかっただろうが、ジャーナリストはどこでも鋭く事件を嗅ぎつけるのだ。だから子供を保護したことは決して外部に漏らしたくないのだった。
 ステファン大尉はカブラロカ渓谷の奥にある遺跡が気になった。遺跡があると言うことは、文化保護担当部に在籍していた頃に知った。まだ誰も手をつけていない未調査遺跡だ。発見した、あるいは存在を確認したのはムリリョ博士だろうか、それともケサダ教授だろうか、兎に角峡谷の奥にあるので今迄誰も発掘に行かなかった。海外には知られていない遺跡だ。ムリリョ博士が広くその存在を明かさなかったのは、装備に費用がかかるからで、何か呪いとか聖地だからと言う問題ではない、と以前ケツァル少佐が言っていたな、とステファン大尉はぼんやりと思い出した。殺人犯が遺跡に逃げ込んでいたら、嫌だな、と彼は思った。遺跡はどの民族が造ったにしても、神聖な先祖の遺構だ。汚されたくなかった。

 

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