2022/05/26

第7部 渓谷の秘密      10

  ロホが惨劇があった家から出て来て、自分達のキャンプ地に来た。”心話”でケツァル少佐に家の中の様子を報告してから、テオにも説明してくれた。

「血の跡などは残っていますが、清めの儀式が行われていました。恐らく近隣のカブラ族の人々が捜査員が去った後で片付けと葬式を行ったのでしょう。後半月すれば彼等はこの家を焼き払う筈です。本当はすぐに焼きたいのだと思いますが、憲兵隊が許可を出すのが半月後だからです。」
「気の毒な犠牲者の霊は浄化されているのか?」
「私は何も感じませんでしたから、彼等はもうここにいません。」

 テオは家を見た。決して立派な家屋ではない。木造の壁とトタンの上に木の皮や葉を葺いた屋根の典型的な僻地に住む先住民の家だ。家財道具が転がっていてもおかしくない庭は何もなく、後片付けをした人々が使える物は使おうと持ち去ったのだとロホが言った。

「但し、家の中の物は持ち出していないですね。やはり死者に悪いと思ったのでしょう。家と一緒に焼いてしまうつもりの様です。死者の持ち物ですから。」

 キャンプは車だけだ。テントなどはひとまず車内に残して置いて、畑を見に行った。まだ収穫前の若いトウモロコシの畑だった。獣避けの柵を開いて中に入ると、ちょっとした迷路の中にいる気分になった。背が高いトウモロコシの中を歩き、テオはどうにか反対側に出た。少佐とロホを呼ぶと、2人も間もなく姿を現した。

「畑の中には何もありません。」
「向こうに道らしき踏み跡がある。」

 テオが指差した方角に、草が倒れた細い獣道の様な通路が見えた。川へ行くのだろう。3人はその道を進んだ。

「遺跡へ行く道と直角の方角になりますね。」

と少佐が囁いた。ロホが頷いた。

「西向きですね。罪人の墓がありそうな方角です。」
「だけど、トロイ家は結構長くここに住み着いていたんだろ? 何故今更なんだろう?」

 テオが素直な疑問を提示すると、少佐もロホも首を傾げた。 
 道の先は新しい開墾地だったが、そこにも墓らしきものはなかった。さらに奥へ道らしき踏み跡が伸びていた。
   薮の中を歩き続けると、足元が再び緩くなって来た。湿地だ。不意に少佐がテオの腕を掴み、足止めした。彼女がそっとライフルの先で指す方向を見ると、大きなアナコンダが前方10メートル程のところを横切って行くのが見えた。大きなニシキヘビの類は都市部でもペットにしている人がいたりして、テオは見たことがあったが、野生の巨大な蛇は初めてだったので、思わず腕に鳥肌が立った。
 セルバ人は蛇を殺さない。神聖視すると言うより、いても邪魔にならないと考えている様だ。しかし北米育ちのテオは慣れなかった。毒蛇と無毒蛇の区別もつきにくい。
 アナコンダが通過するのに数分要した。それだけ長い蛇だった。アナコンダも急いでいなかったのだろう。沼地の主の様に悠然としていた。
 ロホがアナコンダが来た方角を指した。

「あちらの地面が乾いている様です。あちらへ回りましょう。」

 アナコンダは水辺へ狩に行くところだったのだろう。蛇が体を温めていた乾燥した地面の方へ一行は方向を転じた。靴やパンツの裾が泥だらけになったが、ジャングルの中での活動では覚悟していることだ。それでも固い地面を歩く様になると、テオはホッとした。道はなくなったが植生がまばらで背が低い樹木だけになった。
 突然ロホが立ち止まり、左手を指差した。

「あれ、塚じゃないですか?」

 テオと少佐も足を止めた。彼が指差した方角を見ると、低い樹木の中に石組が見えた。ロホが少佐とテオに待機と手で指図して、独りで近づいて行った。彼は石組の前で立ち止まり、繁々と眺めてから、手招きした。
 テオと少佐は静かにそちらへ歩いて行った。苔むした石組だった。高さは1メートルあるかないかで、根元の土が赤く見えた。石組は上部が崩れ、南北の幅50センチ程の柱の中央に細い縦型の穴が見えた。崩れた部分は新しい石の面が剥き出しになっていた。
 ロホが言った。

「恐らく、トロイ家の息子はこれをうっかり壊してしまったのでしょう。遊びではなく、狩でもしていたのではないでしょうか。」
「この塚のそばに居たってことか?」
「スィ。体がぶつかったか、持っていた物をぶつけたかしたのだと思います。」

 テオは恐る恐る穴を覗いて見た。深い穴なのか、真っ暗で何も見えなかった。

「ここから悪霊が出て来て少年に取り憑いたのか・・・」

 想像すると気が滅入った。ロホが背に背負っていたリュックサックから浄化の儀式の道具を取り出した。少佐がテオの肩に手をかけた。

「私達は向こうに行っていましょう。」

 悪霊はもういないと聞いても、やはり気持ちの良い場所ではなかった。

 

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