2022/05/27

第7部 渓谷の秘密      11

  少し傾斜になった滑らかな岩場を登り、腰を下ろすのに丁度良い形状の岩を見つけて、テオはそこにケツァル少佐を座らせた。己は少し離れた位置で岩場に座った。

「今回の事件に直接ではないが、アデリナ・キルマ中尉が関わったんだな。」
「憲兵隊の護衛を指揮したのです。捜査の手伝いもしたでしょうね。ゲリラの犯行の疑いも当初出ていた様ですから。」

 キルマ中尉の第17特殊部隊は、テオがアメリカ合衆国からセルバ共和国に亡命して来た時、内務省の命令でテオの家の警護を担当した。実際には運転手兼護衛のエウセビーオ・シャベス軍曹と夜間担当の2人の兵士がいた。シャベスは”ヴェルデ・シエロ”達の因縁の闘いの巻き添えを食って重傷を負い、回復後一線から退いたと、テオは後日耳にしたことがあった。テオの護衛を担当しなければ、まだ特殊部隊で働いていただろうと、テオは彼に申し訳なく感じたが、少佐達は、それが軍人の宿命だ、と取り合わなかった。それでもテオは敢えて質問してみた。

「キルマ中尉と言えば、彼女の部下だったシャベスは今どうしているのかな?」

 少佐は「知らない」と答えるだろうと予想したのだが、彼女はきちんと答えた。

「陸軍の広報部で働いています。頭を負傷したので、少し半身に障害が残ってしまい、戦闘に出られません。しかし本人は軍を離れ難く、出身地で新兵募集の窓口勤務をしているそうです。」

 流石に本部では残れなかったのだ。敵に誘拐され、負傷したので、彼自身のプライドで昔の仲間と一緒の場所に居辛いこともあったのだろう。

「彼が元気なら、それでいいんだ。」

とテオは言った。”ヴェルデ・シエロ”に操られたことをシャベスは完全に忘却しているだろう。悪霊に操られて家族を殺めてしまった少年と同じだ。救いは、シャベスは誰も傷つけなかったことだ。テオは事件の後でシャベスを見舞いたかったが、それは内務大臣から禁止されてしまった。被護衛者と護衛者は個人的に親しくなってはいけないと言う理由だった。他にも政治的理由があった筈だが、亡命者のテオは仕方なく従うしかなかった。
 微風を楽しみながら、彼と少佐はロホの儀式が終わるのを待っていた。そろそろ終わる頃だろうとテオが腕時計に目を向けた時、少佐が岩の上に跳び上がる様に立ち上がった。アサルトライフルを西の方角に向け、射撃の構えになったので、テオは反射的に岩の上に身を伏せた。

「何だ?」
「嫌な気配を感じました。」

 テオの背後からロホが静かに、しかし仲間に解る様に葉音を立てて現れた。彼が少佐に報告した。

「何かが10時の方角から近づいています。」

 少佐が前方を見つめたまま頷いた。ロホがテオのそばで膝を突いて少佐と同じ方角にライフルを構えた。銃弾で倒せる相手なら良いが、悪霊なら”ヴェルデ・シエロ”の気の方が有効だろうとテオは思った。
 少佐は身を隠すつもりはなさそうで、岩の上に立ったままだ。テオは彼女が心配だったが、守られている身で何かが出来るとも思えなかった。こんな時は歯痒くて仕方がない。彼女が最強の”ヴェルデ・シエロ”と言われるグラダ族だとしても、人間に変わりないのだから。
 さぁ、来い! とばかりに少佐が銃を構えた時、軍用車両のエンジン音がトロイ家の方角から聞こえて来た。来る時にすれ違った、発掘隊の買い出し係が戻って来たのだ。エンジン音が聞こえた瞬間、少佐が銃を下ろした。ロホもフッと息を吐いて銃を退いた。

「大丈夫ですよ。」

とロホに声をかけられ、テオは起き上がった。

「気配が消えたのか?」
「猛スピードで去って行きました。」
「車の音に驚いた?」
「恐らく。」

 少佐が岩から降りて男達を振り返った、その顔に「残念」と書いてあったので、テオは笑いそうになった。それを誤魔化す為に、質問した。

「何だったんだ? 悪霊か?」
「人です。」

と少佐が答えた。

「でも嫌な気を放っていました。」
「すると”シエロ”か?」
「どうでしょう。」

とロホが首を傾げた。

「一族の気とは異なる感触でした。」
「私もそう感じました。」

 少佐が不満げに森を見つめた。

「もし”ティエラ”なら、異能者でしょう。厄介な相手の様です。」



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