2022/05/09

第7部 南端の家     4

  特殊部隊の第17分隊長アデリナ・キルマ中尉が発掘隊のキャンプを訪れたのは、その翌日の午前遅く、昼近くになってからだった。アスルは彼女が現れる前に、陸軍のトラックと憲兵隊のバンが1台ずつ、ジャングルの中の小道を走って渓谷入り口の一軒家へ来たことを知っていた。トラックは前日ヘリコプターから降下した特殊部隊員達を乗せて帰るための車両だ。バンは憲兵隊の鑑識だろう。
 キルマ中尉は一人でジャングルの中の一本道を歩いて遺跡近くのキャンプ迄歩いて来た。兵士と言えど単独行動は慎むべきなのだが、彼女は”ヴェルデ・シエロ”だったので、屈強な男性兵士より強かった。勿論彼女の部下達は分隊長の正体を知らない。
 中尉はキャンプ地の警護をしていた陸軍警護班の兵士と少し話し、それからアスルが昼食のために尾根から下りて来る迄待っていた。彼を呼ぶために”感応”を使ったりしなかった。”ティエラ”の中で生きる”シエロ”は、極力超能力の使用を避ける傾向がある。使わない方が正体がバレないからだ。アスルは今でも兵士として優秀な彼女が何故大統領警護隊のスカウトによる選から漏れたのか、理由がわからない。彼女も語らない。
 アスルが現れると、彼女は敬礼で迎え、それから言葉で告げた。

「我々の任務について説明したいことがあります。」

 彼女がアレンサナ軍曹を見たので、アスルは人払いではなく、軍曹にも聴かせておいた方が良い、と彼女が言いたいのだと判断した。それで軍曹を手招きして、彼女のそばへ行った。
 アスル、アレンサナ軍曹、そしてキルマ中尉の3人は、他の人々から少し距離を置いて立った。

「渓谷の入り口にあるトロイ一家をご存知ですね?」

とキルマ中尉が尋ねた。アスルとアレンサナは頷いた。

「家の前を通ったからな。だが挨拶程度で住民と会話を交わした覚えはない。ここで野営を始めてからあの家に行った者は、この発掘隊では一人もいない筈だ。」
「ここに到着してから今日で4日目です。食糧補給は3日後になっています。」

 アスルとアレンサナが順番に言うと、キルマ中尉がちょっと考えた。そしてやっと核心に触れた。

「2日前の午後、この界隈を行政的に管轄するセラウ村の村長に通報がありました。トロイ家で人が死んでいると言うものでした。通報者は隣の家・・・車で20分かかりますが・・・の男で、トウモロコシの取り入れと搬送の相談に訪れたところ、家の中でトロイ家の人々が死んでいるのを発見したと言うことです。」

 アレンサナ軍曹がアスルを見た。若い軍曹の目に不安の色を認めたアスルは、黙ってキルマ中尉に視線を戻した。アレンサナはアスルより7歳年上だが、今迄都会に近い安全地帯で発掘隊の警護業務をして来た。こんな秘境で働くのは初体験だから、不安を感じたのだ。アスルは”心話”でキルマに注意した。

ーー”ティエラ”達を怖がらせるなよ。
ーーわかっています。

 キルマ中尉はアスルより、アスルの上官のケツァル少佐より年上だが、それでもまだ30歳になっていない。だが入隊以来ずっと”ヴェルデ・ティエラ”の世界で勤務しているので、部下の扱いは十分心得ていた。大統領警護隊は陸軍より格上だと言っても、アスルは9歳近く年下だ。彼女はちょっと気分を害したが、感情を表に出さなかった。
 彼女は続けた。

「死体の状況の説明は省きますが、刃物傷で、成人男性2名、女性1名が死んでいました。殺人と思われます。現在現場の鑑識作業を憲兵隊が行っています。」
「わかった。」

 アスルは頷いた。だがキルマの報告はまだ終わりでなかった。

「トロイ家では、14歳と7歳の息子がいるのですが、その子供達が行方不明です。」

 アスルとアレンサナが彼女を見つめた。

「子供が行方不明?」
「逃げたんじゃないですか?」
「そうだと良いのですが・・・」

 キルマ中尉が悩ましげな表情で樹木の上の方を見ながら言った。

「子供を誘拐する目的で親を殺害したと言う考えを憲兵が示しました。ゲリラが兵士を養成する為に未成年者を攫うことがあると隣国から情報が来ていたそうです。」
「隣国のゲリラ?」
「我が国のゲリラ活動は最近沈静化していますので、隣国から越境して来た可能性を捨てきれません。」

 キルマ中尉は溜め息をつき、アスル達に向き直った。

「もし、子供を見かけたら、保護をお願いします。怯えて隠れている可能性もありますので、慎重に願います。」
「承知した。」

 アスルとアレンサナ軍曹はキルマ中尉に敬礼し、キルマ中尉は昼食の支度をしているテントから漂ってくる美味しそうなスープの匂いを背に、森の小道を戻って行った。
 アレンサナ軍曹が呟いた。

「あの中尉は一人でジャングルの中を歩いて来たんですかね?」

 アスルはその言葉を無視して彼に早めに昼食を取るように、と言った。

「飯を食ったら、遺跡周辺をもう一度歩いて侵入者や隠れている者がいないか確かめてみよう。」



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