2022/06/10

第7部 取り残された者      5

  吹き矢の男は、そのままセルバターナ(吹き矢)と呼ぶことに決めた。テオはその名を記入したタグを男のDNAマップに付けた。
 セルバターナは”ヴェルデ・ティエラ”ではなかった。しかし”ヴェルデ・シエロ”でもなかった。と言うより、”ヴェルデ・シエロ”と同じ遺伝子を持つ”ヴェルデ・ティエラ”だった。つまり、長い歳月の間に混血して血が薄くなった”シエロ”の子孫だ。珍しくないが、国境の向こうにもそんな人々が生きていることを考えて来なかったテオは、ちょっと衝撃を受けた。まだ”シエロ”の部分がどんな役割をしているのか不明だが、恐らくセルバターナは夜でも目が見えただろう。”心話”を使える”シエロ”の子孫のサンプルと比べると、ちょっと違っていたが、それが彼の個性なのか能力の差異を現すものなのか、テオはまだ掴みかねた。”シエロ”のサンプル自体が少ないので、比較出来る材料が乏しいのだ。国中の”シエロ”の遺伝子を集められたらなぁとテオは溜め息をついた。
 セルバターナがセルバ共和国内の”ヴェルデ・シエロ”に関する知識をどの程度持っていたのか不明だ。彼よりも”シエロ”の要素が濃い人がいるのかも不明だ。

 彼が生まれ育った場所に行きたい。

 テオはそう感じた。隣国との行き来は簡単だ。パスポートがなくても運転免許証などの写真付きの公的機関が発行した身分証明書を持ち、双方の国で身元引き受け人がいる証明があれば観光でもビジネスでも目的を告げれば国境を通してもらえる。但し、嘘をついてその嘘がバレると即逮捕されるので、証明書取得を面倒臭がって森の中から密出入国する連中もいた。セルバターナは先住民の猟師だったので、証明書取得免除対象だったのだ。両国の取り決めた範囲内なら自由に狩猟して構わない(捕獲する動物の種類や数は法律で制限されている)人間だった。しかし、彼はその制限範囲外に出ており、人間を射た。だからセルバの官憲、この場合は大統領警護隊に射殺された。隣国外務省は納得して彼の死に対する意見は述べなかった。
 テオが作成したセルバターナの遺伝子に関する報告書は大統領警護隊司令部に提出された。
 トロイ家殺人事件から10日経った。
 テオが大学での仕事を終え、帰宅するために駐車場へ行くと、カルロ・ステファン大尉が彼の車にもたれかかってタバコを吸っていた。久しぶりの再会だったので、テオは思わず「ヤァ!」と声をかけた。ステファン大尉も振り向いて「ヤァ」と返してきた。

「何か用かい?」
「スィ。これから行って頂きたいところがあります。」

 テオは周囲を見回した。ステファンの連れの姿を探したが、誰もいなかった。それどころかステファンが乗ってきたらしい車両も見当たらなかった。

「君1人か?」
「スィ。私を乗せて下さい。ご案内します。」

 大統領警護隊の要件なのだろうと見当がついた。

「それじゃ、出かけることを少佐に連絡しておかないと・・・」

 携帯を出しかけると、ステファンが遮った。

「少佐には既に告げてあります。」

 それでテオは電話を諦め、車のキーを解錠した。ステファンが素早く助手席に乗り込んだので、彼も運転席に座った。

「何処へ行く?」
「大統領府へ向かって走って下さい。」

 ドキリとした。恐らく、あの吹き矢の男の件だ、と思った。大統領は選挙で選ばれた人だから、”ヴェルデ・シエロ”ではない。恐らく大統領警護隊の秘密を殆ど知らない人間だ。だから、これは大統領警護隊の要件なのだ、とテオは理解した。一般人を招待することなど殆どない大統領警護隊の本部へ行くと言うことだ。

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