2022/06/13

第7部 取り残された者      8

 「何れにしても・・・」

とトーコ中佐が言った。

「ハエノキ村の住民がどの程度”シエロ”の要素を持っているか、我々は知っておきたい。そこで・・・」

 彼はやっと本題に入るようだ、とテオは思った。中佐が続けた。

「村民の遺伝子検査をドクトルに依頼したい。」
「・・・検査自体は構いませんが、隣国でしょう? どうやって・・・」

 すると外務省事務次官のピンソラスが中佐の言葉を引き継ぐ形で言った。

「ペドロ・コボスが越境したことを理由に、ハエノキ村の住民とセルバ共和国のカブラ族の近親度を調べたいと相手国に申し出ました。もし両者の間に遺伝子的共通点が見つからなければ、ハエノキ村及び隣国の他地域の住民が国境検問所を通らずにセルバに入国することを禁止します。遺伝子的共通点があれば、これまで通りの規定範囲内での入国を認めます。隣国政府はこちらの要請を受け入れました。あちらの政府にしてみれば、セルバ国民が同じ理由であちらの国に入り込んで問題を起こす方が迷惑なので、検問所以外の国境を封鎖したいのです。麻薬の販売ルートの封鎖にも繋がりますからね。」
「政治的に利害が一致しているのですね。」

 テオは調査にかかる日数はどの程度だろうと考えた。政府からの正式な要請の調査なので、大学は拒否出来ないだろうが、授業をどうしようか。
 すると、予想外のことをロペス少佐が言った。

「ハエノキ村の住民のルーツは古代の移動から始まると考えられています。それで、考古学者も同行させます。発掘などはしません。民間に残っている”シエロ”の風習や信仰をそれとなく検証させます。遺伝子の分布範囲と文化の分布範囲が重なる所の住民が警戒対象となる訳です。」

 考古学者? テオは考えた。大統領警護隊文化保護担当部に学者のふりをさせて潜入させるのか? それとも遊撃班のステファン大尉を使うのか? どちらも親友達だし、心強い護衛になってくれるが・・・。
 トーコ中佐が言った。

「本物の考古学者に依頼します。文化保護担当部の隊員達は考古学の学位を持っているが、現役の研究者ではありません。考古学者のふりをさせて、隣国政府にバレたら、ややこしいでしょう。軍人ですからな。」

 彼はテオに向き直った。

「グラダ大学で陸の交易路を研究されているケサダ教授に頼もうと思っています。貴方が承知下されば、ですが。教授自らか、あるいは弟子の方に貴方の同行を依頼してみますが、よろしいですか?」

 テオはドキリとした。グラダ大学のフィデル・ケサダ教授は確かに陸の交易ルートを研究している。どの時代にどの地域がどこと交易を行っていたか、どんな物品のやり取りをしていたか、互いの地域に格差はなかったか等だ。恐らく南北の隣国も研究範囲に入っているだろう。大学では休憩時間に世間話をする間柄だし、色々な事件で助けてもらったりもした。しかし、一緒に旅行する経験はまだなかった。それに、テロリストグループのレグレシオン事件以来ケサダ教授はグラダ・シティから出ていなかった。義父のムリリョ博士が何かと理由をつけて教授に大学の学部経営の厄介な仕事を押し付け、足止めしているとの噂だった。ケツァル少佐は「博士が過保護で教授を危険から遠ざけている」と評しているのだが。もしそれが真実なら、大統領警護隊と外務省はマスケゴの族長で”砂の民”の首領であるムリリョ博士を説得しなければならない。
 テオはトーコ中佐に言った。

「ケサダ教授が同行して下されば心強いです。ですが、お忙しい教授が承諾してくれるでしょうか。」

 中佐が苦笑した。

「教授がうんと言わなくても、彼の義父を落とせば簡単でしょう。」

 その義父の方が難攻不落じゃないか、とテオは思ったが、黙っていた。

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