2022/06/12

第7部 取り残された者      7

  ロペス少佐はテオに向かって話をするようだった。

「これまで隣国に住む一族の子孫の存在を我々は無視してきました。理由は向こう側からこちらへ接触してこなかったからです。北側の隣国はご存知のように砂漠地帯が国境にあり、陸路での往来が古代から今日に至る迄殆どありません。北からの接触は、物品の交易で、人間の交流は皆無と言っても良いくらいでした。それに北部はオエステ・ブーカ族やマスケゴ族が多く、彼等は子孫の管理に厳しい部族です。砂漠の北側の人間との間に子を成すことを厳しく禁止していました。その分”ティエラ”との間に子供を作ることが多かった訳ですが。
 一方、南の隣国とは密林で繋がっています。現在の国境は植民地時代に支配者だったスペイン人が自分達の農園を守る為に互いに取り決めた境界線に基づいています。彼等は農地でもないジャングルにも強引に線を引いたのです。しかし白人が侵入して来た頃には、既に一族は南のジャングル地帯から退いていました。東海岸に住むグワマナ族以外に一族は国境付近を放棄していたのです。カブラロカもアンティオワカもミーヤも”ティエラ”の町で、一族は殆ど住んでいませんでした。近い過去の我々の先祖はグラダ・シティ近郊やアスクラカンに集中していました。ですから、国境の南に一族の末裔が住んでいるなどと誰も考えもしなかった。そんな状態が既に古代から今日に至る迄続いていました。
 交流が全くなかったのですから、南の一族の子孫達は”ヴェルデ・シエロ”の名も存在も知らない筈です。”曙のピラミッド”への信仰が残っているかも疑問です。しかし、我々は今、彼等の存在を知ってしまった。思い出してしまったと言った方が的確でしょうか。そして、我々は今、南の子孫達がどんな状況なのか気になり出しました。」

 少佐が休む為に口を閉じると、ピンソラス事務次官が言った。

「ドクトルが吹き矢で射られる迄、みんなが南のことを忘れていたと言っても過言ではありません。」
「つまり、俺がその男の遺伝子を分析したから・・・ですか?」
「スィ。」

 トーコ中佐が初めて発言した。

「ドクトルが提出された報告書を見て、大統領警護隊司令部は放置すべき事案ではないと判断したのです。このペドロ・コボスと言う男は農民で猟師でしたが、政治的な活動に無縁だと言う隣国からの回答でした。誤ってセルバ側の奥へ足を踏み入れ、間違って人間に向かって吹き矢を射たのだろうと。しかし、我々は素直にそれを受け取りません。隣国政府が何か企んでいると言うことではなく、ハエノキ村に住む”シエロ”の子孫の中に何か不穏な動きがないか、それを疑ってしまったのです。軍人の性だと言われればそれまでですが、少しでも敵対する動きがあれば、どこまでが安全なのか確認せずにいられないのです。」
「ハエノキ村だけに子孫がいる、と考えるのも楽観的過ぎますが、隣国で国境に近い居住地はあの村だけだそうです。ですから、あの村の住人がどれだけ我々に近いのか、確かめたいのです。」

 ロペス少佐の言葉で、テオはやっと己が大統領警護隊本部に呼ばれた意味を理解した。セルバ共和国の”ヴェルデ・シエロ”の支配階級達は、隣国に生きる一族の子孫がセルバの脅威になり得るのか否か見極めたいのだ。数千年の時を経て、再び交流を持ちたいとか、歓迎したいとか、そんな温かい気持ちではない。寧ろ有害か無害か区別したい、それだけだ。

「どんな方法でDNAサンプルを採取するのかは別の問題として、今一つ重要な問題があります。」

とテオは言った。

「俺の分析では、現在わかることは、被験者が”シエロ”の遺伝子を持っているかいないか、と言うことだけです。超能力の強さがわかる、と言うものではありません。」
「純血種とミックスの違いはわかりますね?」
「スィ。やっと部族毎の特徴も解析出来るようになりました。」

 彼はトーコ中佐とロペス少佐を交互に見た。

「多分、中佐と少佐の違いはわかります。個人の特定は当然出来ますし、部族の特定も可能です。」

 彼はピンソラス事務次官を見た。

「貴女の部族もわかると思います。でも、能力の強さや使える能力の種類迄はまだ研究が必要です。」

 ロペス少佐がトーコ中佐を見た。中佐が微笑した。

「素晴らしい。先祖の部族だけでもわかれば、攻撃を受けた時の対処法を考えられます。部族毎に得意な分野が違ってきますからな。」

 ピンソラスがテオに尋ねた。

「ナワルを使えるかどうかは、まだわからないのですか?」

 ナワルの変身能力の有無は、”ヴェルデ・シエロ”にとって重要だ。変身出来ない”シエロ”は”ツィンル”(人間と言う意味)と認められない。同時に、”シエロ”にとって対等な能力の敵とは見做されない。
 テオは頭を掻いた。

「まだそこまでの分析は出来ないのです。残念ですが・・・」


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