話が進んだのは2日後だった。テオは学部長の部屋に呼ばれ、政府から隣国の国境地帯に住む先住民の遺伝子調査を依頼された旨を告げられた。
「人口530人の村だそうだ。調査に何日かかるかね?」
テオはちょっと考えた。
「あちらが協力してくれるのですね? 住民を病院か教会に集めて一斉に検体採取すれば2日か3日で終わると思いますが・・・」
彼は中米人のおおらかさを思い出し、訂正した。
「1週間もあれば・・・」
学部長は頷いた。
「君の方はそれだけあれば十分なのだな?」
「遺伝子の分析は大学に戻ってから行います。結果が出るのはもっと先になりますが、あちらでの滞在は1週間を予定していれば十分です。」
「助手が必要かね?」
「そうですね・・・」
テオは博士論文のテーマを考え中の弟子を思い出した。
「アーロン・カタラーニを連れて行こうと思います。彼の都合が良ければ、ですが。」
学部長は頷いた。そして同行する考古学者のことを伝えた。
「考古学のケサダ教授も承諾された。助手を1人連れて行くそうだ。総勢4人になるな。」
「わかりました。因みに、その助手は男性ですか?」
女性でも構わないが、宿舎の部屋割りなどを考えなければならない。学部長は「男だ」と答えた。
「教授の指名で、大統領警護隊に所属する学生だそうだ。」
ああ、とテオは合点した。アンドレ・ギャラガ少尉だ。軍人には違いないが、正真正銘の学生でもあるし、外観は白人に近い。
夕方、仕事を終えて文化保護担当部の仮オフィスであるシティ・ホールへ行くと、ギャラガ少尉がバス停に向かって歩く所を捕まえることが出来た。
「ハエノキ村の調査に指名されたんだってな?」
ギャラガは肩をすくめた。
「ケサダ教授のご指名じゃないんです。私はムリリョ博士の学生なので、博士からの指名と言うか、命令と言うか・・・」
ちょっと苦笑が混ざっていた。テオも笑った。
「つまり、俺達の護衛を命じられたってことだ?」
「スィ。」
ギャラガは周囲を見回して、誰にも聞かれていないことを確認した。
「私より教授の方がずっと大きな力をお持ちだって知ってます。使い方もあちらの方がお上手です。護衛なんて、気が重いですよ。」
「素直に学生としてついて来れば良いさ。少佐は何て言ってる?」
「学べるだけ学んでいらっしゃいって・・・」
テオは彼の肩を軽く叩いた。
「その通りだ。楽しんで行こうぜ。」
マハルダ・デネロス少尉が歩いて来るのが見えた。テオは彼女にも声をかけた。
「1週間ほどアンドレを借りるぜ。」
「忙しい時に困るんですけどぉ・・・」
と言いつつも、デネロスも笑った。
「でもアンドレが留守の間は少佐がオフィスに詰めて下さいますから、平気ですよ。」
彼女が舌を出すと、ギャラガもあっかんべーをして見せた。テオは車の後部席を指した。
「お詫びに今日は官舎まで送って差し上げよう。」
2人の少尉は喜んでテオの車の後部席に座った。車を出してから、テオは後ろの彼等に尋ねた。
「国境の向こう側に同胞がいるって考えたことがあったかい?」
「ノ」
と2人ははっきり答えた。
「私達・・・って、”シエロ”だけじゃなくて、この土地に住む人間は部族の結束が固いんです。自分達の血族が離れた場所に移ったら、必ず昔話で残します。でもブーカ族にそんな話は伝わっていません。ロホ先輩の実家の様な由緒正しい家系は別でしょうけど・・・」
とデネロスが言うと、ギャラガは苦笑した。
「私はどこの馬の骨ともわからない家系ですから、全く知りません。それに警備班時代も聞いたことがありません。私はあまり同僚と親しくしていませんでしたが、寝室の中で喋る話は互いに全部筒抜けでしたからね。伝説や神話の話をたまにする連中がいましたが、国境の向こうへ移動した一族の末裔なんて聞いたこともありませんでした。」
つまり、国境の向こう側の”ヴェルデ・シエロ”の子孫はセルバの本流と全く交流がなかったと言うことだ、とテオは思った。
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