2022/06/02

第7部 渓谷の秘密      16

  ンゲマ准教授はメサの上で見つけた蓋をされた開口部の写真を見せてくれた。50センチほどの直径を持つ円形の窪みで、石が詰め込まれている様に見えた。

「もしこれがサラの石を落とす穴なら、下の部屋の中心にどの様な計測方法で合わせて穴を開けたのか、研究しなければなりません。」

 考古学者の研究に終わりはない。テオが彼の相手をしている間に、アスルが尾根から降りて来て、ケツァル少佐とロホと共に情報交換を行なっていた。アスルは、この日はもう澱みが見えなかったと断言した。前日の異様な気配を発した人物は、己の活動拠点に帰ったのだろうか。

「追跡して正体を調べたいのですが・・・」

 少佐が残念そうに言った。

「文化保護担当部の担当範囲を超えてしまいます。遊撃班を呼ばなければなりません。」
「衛星電話を使われますか?」

 アスルがチラリと陸軍のテントに視線を向けた。

「遊撃班が来るにしても、2日かかりますね。」

とロホが溜め息をついた。待っている間に怪しげな気を発した人物が遠くへ行ってしまわないか心配していた。追跡の手がかりを失うことも心配だ。少佐がアスルに尋ねた。

「一番近い南部国境警備隊は何処にいます?」

 アスルが携帯を出した。圏外だろうとロホが指摘しようとすると、彼はメモを見て言った。

「トレス村です。ミーヤの国境検問所が本隊で、トレスが分隊ですが、西海岸に検問所がないので、南部の警備隊の4分の1がトレスにいます。連絡を取りますか?」
「スィ。」

 少佐はアスルと共に陸軍のテントへ向かった。残ったロホはテオとンゲマ准教授のところへ行った。
 テオがオクタカスで洞窟に入った時の話をンゲマ准教授と助手達に語っていた。落石事件の話ではなく、洞窟内の壁や足元の様子の説明だった。ンゲマ准教授はテオと共に洞窟に入ったフランスの発掘隊の報告を聞いていたが、写真がなかったのでテオの話に真剣に耳を傾けていた。入り口付近は神殿の様な彫刻で飾られていたが、歩いて数分後にはただの素っ気ない岩壁になったこと。足元はほぼ平らで、いかにも人工的な手が入った床であったこと。オクタカスの審判の部屋はコウモリの巣になっていたので、床にコウモリの排泄物や体毛が山積して、不潔であったこと。

「ここの洞窟の入り口は樹木が茂ってコウモリの出入りの邪魔になっていた様子なので、連中が出入りするのは見たことがないな。」

とンゲマ准教授が助手達に同意を求めた。助手達もそれを認めた。

「だがコウモリがいないからと言って、危険生物がいないとは断言出来ない。」

 ンゲマは強い光を出せる携行ライトを数個持って来ていた。最初からサラの存在を確信していたのだ。テオはもう一度あの奇妙な裁判の場に行きたいと思わなかったので、「成功を祈ります」と言った。ロホを見ると、ロホは肩をすくめただけだった。



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