2022/06/06

第7部 渓谷の秘密      17

  グラダ大学考古学部の考古学上の発見はンゲマ准教授と彼の弟子達に任せ、テオとロホは陸軍のキャンプに戻った。ケツァル少佐とアスルもアレンサナ軍曹と共にテントの外に出て来たところだった。

「国境警備隊に不審な出入国をする人物への警戒を要請しておきました。」

と少佐は報告し、それからちょっと苦笑した。

「向こうは、いつもしていることだと不機嫌でしたけどね。」

 きっと少佐は大統領警護隊の国境警備隊責任者に”ヴェルデ・シエロ”の言語でこちらの状況を説明した筈だ。その証拠に、”ティエラ”のアレンサナ軍曹はテオにそっと囁いた。

「スペイン語で喋って欲しいよな・・・」

 スペイン語で話すとマズい内容だったのだ。テオは肩をすくめただけだった。
 その夜、遺跡のキャンプ地でもう1泊した。朝になると、少佐がアスルとアレンサナ軍曹に挨拶した。

「お邪魔しました。発掘隊が無事に調査を終える可否は、あなた方に掛かっています。任務の成功を祈ります。」
「グラシャス。」

 アレンサナ軍曹とアスルが敬礼した。テオも別れの挨拶をした。軍曹とは握手したが、アスルにはいつもの様に素っ気なくそっぽを向かれたので、苦笑した。ロホは愛想良く陸軍の兵士達に声をかけ、彼等はジープに乗り込んだ。
 来た道を走って戻り、トロイ家のそばへ着いたのは午後になりかけた頃だった。運転していたケツァル少佐が、特殊部隊が野営した岩場に似た更地に駐車して、休憩を宣言した。携帯食と水で昼食を取り、1時間の昼寝をした。木陰が涼しく思えるのだが、案外虫などが落ちてくる恐れがあるので、そこは避ける。車の後部ドアを開いてタープを張った。3人並んで寝るのは狭いので、ロホが車から少し離れて場所を確保した。
 テオは少佐と並んだ。時間を無駄にしない少佐は直ぐに目を閉じて眠ってしまった。テオは眠れなかった。場所が場所だ。すぐそばに惨劇が起きた民家が見えていた。周囲に張り巡らされた黄色いテープがそのままだ。半月も経てば雨風で破れて切れてしまうだろう。民家は近隣の住民が犠牲者の弔いと浄化を兼ねて焼き払うのだと言う。そこで営まれていたトロイ家の平和な生活は2度と戻ってこない。テオは会ったこともない人々の不幸を思い、胸の内で冥福と未来の幸運を祈った。
 アベル・トロイに憑依して家族を殺害させた悪霊は浄化された。しかし別の悪霊の気配が近くにあった。これは偶然なのだろうか。それとも何か関係があるのか。大統領警護隊文化保護担当部は、カブラロカ遺跡の発掘がこれからも続くことを考慮し、この付近の悪霊の管理をしたい様子だ。今の所、悪霊が閉じ込められていると思われる塚は1基だけだった。まだあるのか、それで終わりなのか、全く見当がつかない。

 ドローンで調査してみようか?

 テオがそれを思いついた時、岩陰のロホがむくりと体を起こした。銃を掴んでいるのが目に入ったので、テオも思わず体を起こした。

 何かいるのか?

と思った直後、腕にチクリと痛みを感じた。
え? と腕を見ると、赤い鳥の羽が目に入った。同時にロホが藪に向けて射撃した。ケツァル少佐が跳ね起き、薮の中でこの世の物とも思えない悲鳴が上がった。
 テオは羽を掴んだ。細い小さな針が付いていた。

 吹き矢だ!

 彼は少佐を見た。少佐が彼の肩を掴んだ、彼女が何か言ったが、もう聞き取れなかった。テオの意識は急激に遠ざかり、闇に沈んだ。

 

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