2022/06/06

第7部 取り残された者      1

  テオが目覚めた時、見知らぬ男性が彼の顔を覗き込んでいた。メスティーソだ。どっちだろう? ”シエロ”なのか、”ティエラ”なのか? 彼がぼんやり考えていると、男性が話しかけて来た。

「私の声が聞こえますか、ドクトル・アルスト?」

 テオは瞬きした。相手は俺の名前を知っている。彼は「スィ」と答えた。喉がカラカラに乾いて、声が出にくかったが、相手は聞き取ってくれた。微笑を浮かべ、頷いた。そして指をテオの目の前に差し出した。

「私の指を目で追って下さい。」

 言われた通りに指が振られる方を見た。男性はまた微笑んだ。

「意識が戻りましたね。もう大丈夫です。」

 彼は横を向いて、そちらに向かって再び頷いた。そして体を退けた。テオは再び瞬きして、それから視野が少し広がった気がした。男性がいた位置に、ケツァル少佐が現れた。

「私がわかりますか?」

 テオは微笑もうとした。多分、微笑みを作れた筈だ。

「スィ。俺の大事なケツァル少佐だ。」

 少佐が笑とも怒りとも取れる複雑な表情をした。そして椅子に腰を落とした。テオは目を動かして、薄汚れた感じのコンクリートの壁を眺めた。前世紀の病院の様に見えたが、多分現代の病院に違いない。
 医師と思われる先刻の男性が、少佐に「お大事に」と言って、部屋から出て行った。テオは上体を起こしてみた。眩暈が少ししたが、体は動かせた。少佐は彼が動くのを止めなかった。ただ彼の様子を観察していた。

「ここは病院?」
「スィ。デランテロ・オクタカスの診療所です。」
「俺はどうしたんだろ?」

 直ぐには思い出せなかった。カブラロカ遺跡のキャンプを出発したことを思い出してから、昼寝をしようと車の後部座席で横になったことまでを思い出せる迄数分かかった。その間、少佐は黙って彼の様子を見ていた。

「トロイ家のそばで昼寝をしたよな? それから・・・畜生! そこから思い出せない。」

 思わず悪態を吐くと、やっと少佐が微かに笑った。

「そこまで思い出せたのでしたら上等です。貴方はクラーレを塗った吹き矢で射られたのです。」
「吹き矢?」

 なんだか赤い物が頭に浮かんだ。そう言えば何かに刺されたような気もする。

「応急処置をして毒が回るのを止めましたが、貴方が意識を失ったままだったので、病院に運びました。」

 なんとなく少佐の口調には、”シエロ”なら直ぐ治るのに、と言うニュアンスが込められている様に聞こえた。どうせ俺は”ティエラ”だから、とテオはちょっと僻みを感じた。

「誰が俺を吹き矢で射たんだ? それからロホは?」
「犯人は直ぐにロホが射殺しました。今、憲兵隊に死体を運んで調べさせています。」
「先住民なのか?」
「服装は私達と変わりませんでした。アマゾンの先住民を想像しているのでしたら、間違いです。中米にそんな生活形態の人はもういませんから。」

 そして少佐は付け加えた。

「所持品は僅かで、所持していたお金は隣国の物でした。」
「それじゃ・・・やはり密入国者か?」
「恐らく。」
「だが、どうして俺を狙ったんだ?」

 少佐は肩をすくめた。射殺してしまったので、尋問出来ないのだ。銃撃する前に超能力で捕まえられなかったのか、とテオは訊きたかったが、きっとロホはテオが射られたタイミングで撃ったのだ。敵の存在に気がついた時は、「手遅れ」だったのだろう。

「俺達が昼寝をしたので、敵の接近を許してしまったんだな。」
「貴方に落ち度はありません。私の落ち度です。」

 ケツァル少佐は苦々しい口調だった。彼女はあの時眠ってしまっていた。休憩すると決めた時は、周囲に異常なしと判断した。人の気配は全く感じ取れなかった。人以外の動物もいなかった。だから結界を張らなかった。油断した。彼女は己の重大なミスを認めざるを得なかった。部下でも同伴者でもない、指揮官の彼女のミスだ。
 テオはベッドから降りた。服装は運び込まれた時のままだ。左腕の袖がなくなっていた。吹き矢が刺さった場所を切り取って、腕の上部を縛ったのだろう。なくなったのが袖で良かった。腕を失っていたかも知れない。

「痺れとかありませんか?」
「大丈夫だ。多分・・・走らなければ平気だ。」

 

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