2022/06/06

第7部 取り残された者      2

  診療所を出ると、ケツァル少佐とテオはデランテロ・オクタカス飛行場の格納庫へ行った。大統領警護隊の格納庫だ。管理人が1人だけ待機していて、テオ達が中に乗り入れた車の掃除を始めた。荷台に死体を載せて戻って来たので、清めの香油を振りかけ、何かお祈りの言葉を呟いていた。裸電球の灯りの下で、少佐が携帯食を使った夕食の支度を仕掛けると、管理人が何か買ってきますと声を掛けた。それで少佐は幾らか紙幣を彼に渡し、彼とロホの分も含めて4人分の食事の調達を命じた。管理人は喜んで出かけて行った。
 テオは格納庫に常備してある椅子とテーブルを出し、腰を下ろした。

「俺が気絶していたのは数時間だったんだな?」
「スィ。息が詰まって死ぬ毒ですから、常に貴方の呼吸があるか確認しながら車を走らせました。」
「どうして狙われたんだろ・・・」

 まさかC I Aの手の者でもあるまい。隣国の大統領や麻薬組織の親分を怒らせた覚えもない。いや、犯罪組織はどこかで繋がっているのかも知れないが、テオの名前は犯罪者に知れ渡っていない筈だ。テロリスト関係だろうか? 

「貴方がテオドール・アルストだから狙われたのではないでしょう。」

と少佐がテーブルの上に足を置いて言った。レディらしからぬ行儀の悪さだ。

「白人を狙ったと思った方が良いと思います。」
「それじゃ、テロリストみたいなものか?」
「隣国からそんな情報は来ていませんが・・・」

 今朝、少佐は国境警備隊と電話で話をした。密入国して物資の売買をしている民間人や、麻薬の取引の話はあったが、反政府ゲリラやテロリストの存在を匂わせる情報はなかった。越境して生活する先住民の情報もなかった。それ故、もし不審な越境者を見たら直ぐに確保して欲しいと国境警備隊に少佐は要請した。

ーー奇妙な気を発する存在が国境に向かって去って行くのを感じましたから。

 彼女がそう告げると、国境警備隊の幹部は不快そうに言った。

ーー南には、昔我々と袂を分かった一族の分派がいると聞いたことがある。一族の気でなく、”ティエラ”でもない気を発する者がいるとするなら、その子孫が考えられる。その者が何を考えて国境を越えるのか、見当がつかないが。

 セルバから出て行った”ヴェルデ・シエロ”の子孫・・・今迄考えたことがなかったので、ケツァル少佐は内心ショックを受けた。
 ”曙のピラミッド”のママコナは地球上の何処でも”ヴェルデ・シエロ”に話しかけることが出来る。隣国で生きている一族がいるなら、彼等にも話しかけていた筈だ。しかし、歴代のママコナにそのことを伝えられていると聞いたことがない。長老達も隣国の一族について何も語ったことがない。隣国にも一族がいるなら、族長達にその情報が教えられて当然だと思うが、ケツァル少佐は聞いたことがなかった。

ーーその南へ移ったと伝えられる一族の分派は、何族なのですか?
ーー知らぬ。我等が一族は七部族のみの筈だ。分派なのだから、七部族のどれかだろう。地理的に一番近いのはグワマナ族だが。

 少佐からその話を聞いたテオはちょっと考え込んだ。確かに”ヴェルデ・シエロ”がセルバと言う限られた範囲の土地にしかいないのは、ちょっと不自然な気もする。世界中には人口が少なくて、消滅してしまった民族もいたし、居住範囲が限定される民族もいる。しかし”ヴェルデ・シエロ”は長い歴史の中で異種族と婚姻して混血の子孫を多く残している。彼等がセルバの外に出て行ってもおかしくない。それなのに、今迄セルバに住んでいる”ヴェルデ・シエロ”は隣国にいるかも知れない一族の末裔を想像したこともなかったのだろうか。 
 彼は少佐に言った。

「もし、南の土地に移住した一族の子孫が本当にいるなら、俺が彼等のD N Aを調べてやろう。君達と同じ祖先を持つ人々なのかどうか、確かめることは出来る。」



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