2022/06/22

第7部 取り残された者      11

  国境を越えると思いがけない事態が待っていた。隣国の陸軍が護衛として小隊を派遣していたのだ。ボッシ事務官は戸惑ったが、他国で彼が他国の軍隊の護衛を拒否する権限はなかったので、バスの前後を走る軍用車両を追い払うことが出来なかった。

「こちらの政府はハエノキ村に反政府勢力がいないか警戒しているのです。」

とバスの中でボッシ事務官が同乗者達に説明した。

「我々はセルバ共和国政府から派遣された調査団ですから、我々に何かあればこちらの政府の面子に関わりますし、我々がスパイ行為を行わないよう抑止する必要もあるのです。」
「理解した。」

とテオとケサダ教授は頷いた。自分達は他国にいる。自国内でいる時の様に自由気儘に行動すると危険だ。
 テオは住民のD N Aサンプルの採取が目的だし、ケサダ教授は住民の生活や習慣に古代のセルバ文化と共通するものがないか見るだけだ。軍隊の協力があれば早く済ませることが出来るかも知れない。
 コーヒー畑や藪が交互に連続する土地をバスは護衛付で進み、夕刻にハエノキ村に到着した。ボッシ事務官はテオと教授を連れ、陸軍の指揮官アランバルリ少佐と一緒に村長と面会した。村長には既に一行の訪問の目的が知らされていたが、陸軍が一緒だったので村人の警戒をテオは感じ取った。彼はケサダ教授に囁いた。

「もしかすると、俺達だけの方がスムーズにことが運んだかも知れませんね。」

 教授も同意した。

「貴方が今鑑定している古い死体はこの国の依頼でしたね。ここの軍隊は過去に自国民を虐殺した歴史がある訳です。村民が警戒するのは無理ないことです。」

 法律的手続きが終わったのは1時間後で、セルバ側のバスは村の中央にある教会前広場に駐車するよう村長から指示が出された。そこなら水も得られたし、教会のお手洗いも使用を許された。
 2日目、早速バスの外にテントを張り、頬の内側から細胞を採取する手順を書いた立て札を置いた。村長から命じられたと言う住民がパラパラとやって来て、カタラーニが名簿と身分証を突き合わせながら細胞を採取した。
 全然痛くない、と言う言葉に後押しされ、案外素直に住民達は順番にやって来た。欧米の様にプライバシーだとか拒否する権利がどうのとか言う人はおらず、順調に仕事は捗った。ただ緊張感が漂っているのは否めなかった。護衛の軍隊のせいだ。兵士に話しかける住民はおらず、兵士からも声をかけるシーンは見られなかった。ボッシ事務官はケサダ教授とギャラガ少尉と共に村の市場に出かけ、昔話をしてもらえる人を探した。教授は村人の持ち物、アクセサリーや衣装の模様を写真に収めた。セルバの遺跡から出た出土品の模様と比較するのだろう。
 コックのダニエル・パストルも市場に出かけ、野菜を仕入れながら”心話”を試みたようだ。彼は昼休みに教授と会った時に、結果を”心話”で報告した。教授とギャラガの表情を見て、空振りだったのだな、とテオは思った。ハエノキ村の住民に”心話”が出来る人はいないのか、警戒して”心話”に応じなかったのか、どちらかだ。人口530人の小さな村だ。
 吹き矢でテオを射てロホに射殺されたペドロ・コボスの身内は年老いた母親と独身で引きこもりの兄ホアンだけだった。コボスの家系は古いと村長は言ったが、ペドロが死に、ホアンも結婚しないのでこの代で絶えるだろうと彼は考えていた。

「セルバの部族との関係を調べていると聞いたが、私等の先祖は南から来た。セルバは北のジャングルの向こうだ。コボスの家が絶えれば、この村とセルバの関係は途絶える。軍隊が警戒しなくても、我々はセルバへ猟に行ったりしない。」


0 件のコメント:

第11部  紅い水晶     18

  ディエゴ・トーレスの顔は蒼白で生気がなかった。ケツァル少佐とロホは暫く彼の手から転がり落ちた紅い水晶のような物を見ていたが、やがてどちらが先ともなく我に帰った。少佐がギャラガを呼んだ。アンドレ・ギャラガ少尉が階段を駆け上がって来た。 「アンドレ、階下に誰かいましたか?」 「ノ...