2022/06/27

第7部 取り残された者      12

 シエスタの時間はハエノキ村も護衛でついて来た軍隊も昼寝で静かだった。セルバ共和国の調査団も昼寝休憩に入った。バスの中は暑いので、テオも外に出た。教会前の広場では日陰が少なく、仕方なく村外れの川へ行った。数人の子供が水遊びをしているだけで、村人達は畑や家の影などで昼寝をしているのが見えた。遠くへ行くなと軍から言われていたので、村民が洗濯などで使っていると思われる河原へ下りた。木陰でケサダ教授とアンドレ・ギャラガが既に場所を取って寝ていた。テオとカタラーニも空いた場所を確保した。
 バスの番をしているのはコックのダニエル・パストルだ。”ヴェルデ・シエロ”だから1人でも大丈夫だろうと思われるが、テオは彼に何かあればすぐ連絡をくれるようにと携帯の番号を教えておいた。幸いなことにハエノキ村は携帯電話が使えた。

「考えてみたら、可笑しな話だと思いませんか、先生?」

とカタラーニが話しかけて来た。テオが「何が?」と訊くと、彼は横になったまま言った。

「遺伝子を調べて、セルバ人と共通の遺伝子があれば越境を許可するって話ですよ。両国人の遺伝子が全く別物なんて有り得ないでしょ? 文化的に共通点があれば許可するってんじゃ分かりますけどね。」

 カタラーニの言葉は正論だ。だがテオが探すのは、”ヴェルデ・シエロ”の遺伝子だ。越境許可云々は、調査の言い訳にすぎない。テオはカタラーニを宥めるために言った。

「政治家が腹の底で何を考えているのか、俺にもわからないさ。」

 カタラーニは論文のテーマになりそうもない調査に不満な様子だった。調査の本当の目的を教えればきっと大興奮するだろうが、それは口が裂けても言えない真実だ。
 テオとカタラーニが微睡の中に落ちた頃、アンドレ・ギャラガは頭の中で誰かに呼ばれた様な気がして目を開いた。

ーー北から来た者

 そう声は呼んだと思った。上体を起こそうとした瞬間、片手を抑えられた。目だけを動かして横を見ると、ケサダ教授が彼の手の上に己の手を重ねていた。

 え?

 と思った時、教授が殆ど聞き取れない程の低い声で囁いた。

「呼び声に応えるな。寝ていろ。」

 教授は目を閉じたまま、ギャラガの手を離し、背を向けた。ギャラガは目を閉じた。”感応”を使える人間が何処かにいる。この村の中だろうか、外だろうか。住民なのか、それとも護衛の軍隊の中にいるのか。
 コックのパストルにも聞こえた筈だ、とギャラガはバスに残っている男を思い出した。彼は反応してしまったのだろうか、それとも用心して無視しているか? 彼は気になったので、結局起き上がってしまった。何気ない風を装って川縁に下り、水を手で掬って顔にかけた。喉が渇いたが、都会育ちなので川の水をそのまま飲もうとは思わなかった。軍隊で野外の水分補充方法を習ったが、ここは学生のふりをして、彼は水筒を出すために荷物を探し、バスに置き忘れたことに気がついた。彼は教授が枕代わりにしているリュックサックを見て、それからゆっくり立ち上がった。伸びをして、バスに向かって歩き始めた。
 川から教会前広場までは歩いて5分ばかりの距離だった。途中、数人の村人が木陰で昼寝をしたり、テーブルと椅子を置いてカード遊びをしている姿を見た。彼は遊んでいる男達と目が合うと、ちょっと微笑して見せ、「オーラ」と声をかけた。向こうも彼が何者かわかったので、「オーラ」と返してくれた。
 パストルは検体採取のために張ったテントの中でジャガイモの皮を剥いていた。近づいて来たギャラガと視線が合うと、彼は”心話”で尋ねた。

ーー呼び声を聞いたか?
ーー聞いた。だが無視しろと教授に言われた。

 そしてギャラガは声に出して言った。

「水筒を忘れた。水を飲ませてくれ。」

 パストルがナイフでバスの中を指した。

「好きに飲みな。」

 バスの中の給水タンクはバスのエンジンを停めてあるので冷却機能も停止していた。それでも外気に比べれば冷たい水を飲めた。ギャラガは乾いた喉に水を流し込んだ。それからアリエル・ボッシ事務官と運転手のドミンゴ・イゲラスの姿が見えないことに気がついた。

「事務官と運転手はどこに行った?」
「事務官殿はアランバルリ少佐と一緒に村長の家にお招きだ。お茶でもしているんだろ。ドミンゴは多分、兵隊と遊んでいるんだと思う。」

 運転手はバスを動かす仕事がなければ雑用をするだけだ。暇なのだろう。ギャラガはコックのそばに座り、広場を眺めた。気のせいか、セルバの田舎町とは少し雰囲気が違って見えた。何が違うのだろう、と思いつつ、彼は夕刻迄そこにいた。
 

 

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