2022/06/27

第7部 取り残された者      13

  テオが昼寝から覚めると、カタラーニは既に起きて子供達と川で遊んでいた。時々昆虫などを捕まえて眺めているのは、いかにも生物学者らしい。アンドレ・ギャラガは姿を消しており、ケサダ教授は日陰で座って午前中の調査をメモした手帳を眺めていた。大学ではダブレットを使用するが、ここでは手帳だ。電源節約と、盗難防止の為に高価なタブレットは持ち歩かないことにしている。
 テオが午後の調査を何時から始めようかと考えていると、教授がボソッと呟いた。

「”感応”を使える者がいます。」

 テオはドキリとした。”感応”は能力が弱い混血の”シエロ”でも使えるが、教えられなければ使えない能力でもある。だから使う者がいるとすれば2人以上の能力者がいると考えるべきだ。テオは周囲を見回した。

「アンドレは応えたのですか?」
「ノ、ただじっと寝ていられなくてバスに戻った様です。水筒を忘れていたのでね。」

 教授は若者の忍耐の弱さにちょっと腹を立てている様子だった。
 テオは教会の方を見た。広場は河原からは見えなかった。低い塔が見えるだけだ。

「コックのダニエル・パストルは何系ですか?」

 そっと質問すると、教授は苦笑した。

「私は知りません。しかし一般的には、ブーカ系メスティーソでしょう。」

 旅の始まり、バスに乗り込む時に初めて対面したのだ、教授が一族全てを知っている筈がないことをテオは思い直し、「すみません」と言った。

「貴方ならなんでもご存じだと勝手に思い込んでいました。」
「機会がなかったので一族の挨拶をまだ交わしていません。今夜あたり、どこかで声をかけてみましょう。挨拶は”心話”ではなく言葉で行うものですから。」

 ”ヴェルデ・シエロ”のマナーなのだろう。恐らくパストルの方もケサダとギャラガは何族だろうと思っている筈だ。
 テオは最初の案件に戻った。

「”感応”を試みた人間は、俺達の中に一族が混ざっていると考えたのでしょうか。」
「セルバに一族がいると知っていると思って良さそうです。遺伝子調査の本当の目的に気がついたかも知れません。」

 それは拙いかも知れない、とテオは心配になった。向こうが友好的なら良いが、敵意を持っているなら、攻撃を仕掛けてくるかも知れない。彼は吹き矢で射られた腕の傷がすっかり治っているにも関わらず、針で刺された箇所がチクチクする感覚を覚えた。勿論錯覚だ。

「接触するのは、我々考古学者に任せて下さい。」

とケサダ教授が言った。

「政治や軍事の目的で来たことは確かですが、それは事務官に任せておけばよろしい。個人との接触は、私が文化の伝搬調査と言う形で会います。貴方は検体の分析が出来るセルバに帰る迄何もしない、それが安全です。」
「わかっています。だが、俺は時々好奇心を抑えられなくなる。」
「映画の中のアメリカ人みたいに?」

 教授が茶目っ気を出して笑ったので、テオも笑った。

「スィ、どうしようもない国民性です。」


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