2022/06/28

第7部 取り残された者      14

  夕方は午前中より大勢の村人が検体採取にやって来た。農作業が終わって夕食迄の時間潰しだ。景品も何もないのに、協力的だったので、セルバ人の方が戸惑ってしまう程だった。だがコックのパストルが調理をしながら村人達と世間話をして、「軍隊に早く帰って欲しいから」と言う理由を引き出した。ハエノキ村の住民達はセルバ人が教会前でキャンプをしていることはそんなに気にしていなかった。寧ろ自国の軍隊が村を取り巻く様に野営しているのが嫌なのだ。
 人口530人の村で検体採取初日に100人以上から採取出来たことが意外で、テオは単純に喜んで見せた。ボッシ事務官も安堵しているようだ。検体の整理と分類で大忙しのカタラーニをギャラガが手伝った。考古学的調査はまだ大きな発見と呼べる収穫がなかったので、ケサダ教授は採取の順番を待つ村人の交通整理をしてくれた。運転手のドミンゴ・イゲラスもビールのご褒美を教授からチラつかされ、教授を手伝った。

「ここの連中は博打をするのかね?」

 イゲラスの着衣からタバコの臭いを嗅ぎ取った教授が、運転手の昼間の行動に対して鎌をかけて訊いてみた。イゲラスは肩をすくめた。

「博打をする人間がいない村なんてありませんぜ、先生。だけど・・・」

 彼はチラリと村の外の方へ視線を向けた。そして低い声で続けた。

「俺が遊んだのは、兵隊の賭場でした。村人の中にも数人誘われて来てました。常習的に賭場を開いている兵隊がいる様ですね。」

 恐らく移動する先々でこっそり賭場を開いて地元民からお金を巻き上げる兵隊がいるのだろう。指揮官は知っていて目を瞑っているか、全く部下の行動に無関心か、どちらかだ。教授は学者らしい質問をした。

「どんな博打をしていたんだ?」
「カードです。それからサイコロ・・・」

 イゲラスは苦笑いした。

「大金を賭けるような勝負なんて誰も出来やしません。賭場主もカモを身包み剥いじゃ、後でややこしい事態になっちまうってわかっているから、適当なところで切り上げちまう。慣れたモンです。」

 小悪党の賭場です、と運転手は言った。
 ケサダ教授は広場の端で側近と共に採取のための行列を眺めているアランバルリ少佐をチラリと見た。数年前の内紛で無実の国民をゲリラ扱いして拷問し虐殺した将校達は処分された、とセルバ共和国では伝えられていたが、上手く立ち回って責任逃れをした者もいるだろう。少佐の口髭を気に入らない、と教授は感じた。セルバ共和国の軍人達は髭を生やすことを好まない。だらしないと思われたくないからだ。口髭は政治家が生やすもの、と軽蔑する軍人もいた。それは”シエロ”でなくても、どんな人種でも同じだった。カルロ・ステファン大尉の様にゲバラ髭を生やしているのは特異なのだ。ステファンは素が童顔なので、上官から生やすことを許可されている特例者だった。そして純血種のインディヘナは種の区別なく男性の体毛が少ない。ケサダ教授も殆ど髭が生えない人間だ。頭髪だけがよく伸びる。隣国の住民も同じだと思っていたが、メスティーソの割合がセルバより高く、体毛が濃い男が多かった。

 殆ど白人の血が流れている国民なのか・・・

 ケサダ教授は明るい色をした髪の毛の女の子達をテントに誘導しながら思った。若い女性達はハンサムなインディヘナの彼に目配せしたり、微笑みかけて来たが、彼は気が付かなかった。

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第11部  紅い水晶     18

  ディエゴ・トーレスの顔は蒼白で生気がなかった。ケツァル少佐とロホは暫く彼の手から転がり落ちた紅い水晶のような物を見ていたが、やがてどちらが先ともなく我に帰った。少佐がギャラガを呼んだ。アンドレ・ギャラガ少尉が階段を駆け上がって来た。 「アンドレ、階下に誰かいましたか?」 「ノ...