テイクアウトの夕食を終えて管理人が帰宅した後に、ロホが格納庫へ戻って来た。射殺した吹き矢の男の死体を憲兵隊に引き渡し、憲兵隊が国境警備隊に死体の写真をメールで送って身元確認を行ったので、遅くなったのだ。結果は、トレス村の部隊が担当する国境から少し南にある村の猟師だと言う返答だった。猟師と言っても狩猟だけで家族を養えないので普段は畑を耕していた男だ。
猟師と言う職業は厄介だった。先住民の権利で、国境を無視して二つの国を行き来して暮らしている。当然ながら獲物を獲る道具も持ち歩いているが、両国の取り決めで先住民の猟師は銃器の使用を禁止されていた。狩猟には昔からの吹き矢や弓矢、罠を用いること、となっていた。だから猟師が吹き矢を使用すること自体は違反でなかった。問題は人間を狙ったことだ。憲兵隊はテオの腕に刺さった矢から猟師の指紋を採取した。そして男とテオの関係を調べたが、大統領警護隊から得られた情報以上のテオの情報はなかった。
「外国人を殺して国際問題にならないか?」
とテオが心配すると、ロホは首を振った。
「なりません。男は両国間の取り決めで許可されている範囲を超えてセルバ側に入り込んでいました。そして人間を狙って吹き矢を射た。貴方が射られたことは医師の証言からも明らかですから、男が死んだのは男自身のせいです。」
「そうか・・・だが、どうして俺を狙ったんだろう?」
テオはまだ体調が完全に回復していないことを自覚していた。クラーレは植物由来の猛毒だ。獲物の筋肉を弛緩させ、呼吸困難に陥らせて絶命させる。”ヴェルデ・シエロ”はその対処療法を知っていたので、少佐が咄嗟に彼の腕に局所的な衝撃波を送り、一時的に血流を止めた。そして毒を搾り出したのだ。それでもテオを気絶させる威力を毒は持っていた。
「矢に塗られていた毒が猿を殺す量で良かったです。」
とロホが慰めた。テオはむくれた。
「その猟師が何かに憑依されて、俺を猿と勘違いして射たとは考えられないか?」
「悪霊の気配はありませんでした。」
ロホはケツァル少佐を見た。少佐も彼に同意した。
「猟師は獣に気取られないよう、己の気配を消していました。悪霊はそんなことをしません。眠っていても、私は悪霊が近づけば目覚めます。」
「君なら猟師の接近も気づいた筈だがな・・・」
ついテオが愚痴をこぼすと、少佐もムッとして言い返した。
「貴方がそばにいたので、安心して眠ったのです。」
2人が喧嘩を始めそうな気配だったので、ロホが素早く割り込んだ。
「憲兵隊が、猟師の仲間を調べるよう相手国の捜査機関に要請する、と言っていました。向こうが何処まで動くかわかりませんが、外国のことに我々は手を出せません。」
「国境の向こうの話か・・・外務省の協力が必要かな・・・」
テオは大統領警護隊司令部所属で外務省出向組の隊員を思い浮かべた。
「外務省を動かさなくても・・・」
少佐が少し悪戯っ子の表情を作った。
「様子を伺うだけなら、私達も出来ますよ。」
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