2022/07/03

第7部 誘拐      1

  コボス家の小屋の様な家屋から出て村へ戻ろうと森の端の小道を歩きかけた時、横手から声をかけて来た者がいた。

「コボス家の連中から上手く細胞を採れましたかな?」

 足を止めて振り向くと、護衛として来ている隣国の陸軍分隊長のアランバルリ少佐だった。後ろに2人部下を従えていた。パトロールの途中なのだろう。ボッシ事務官が大きく頷いて見せた。

「スィ、彼等は協力的でした。」
「それは良かった。」

 テオは少佐と事務官が目を合わせた様な気がした。村長が少佐に話しかけた。

「セルバの先生達の調査は予定通りに終わりそうだ。護衛の人数を半分に減らしても問題はないと思う。」
「それは私が決めることだ、村長。」

 少佐が村長の顔を見て、ちょっと笑って見せた。その途端、ケサダ教授がテオの手首を掴んだ。テオは驚いて教授を見た。教授は彼ではなく、アランバルリ少佐を見た。

「ご自分の職務を忠実に全うされるとよろしい。」

と教授が言った。少佐が数歩後退りした。彼は腰のホルダーに装備している拳銃に手を伸ばしかけ、そこで硬直した。テオは何が起きているのか直ぐに理解出来ず、少佐の後ろの兵士達を見た。兵士達も手を武器に伸ばしかけた状態で固まっていた。
 ケサダ教授が静かに言った。

「事務官と村長に掛けた”操心”を解きなさい。貴方がどう言うつもりなのか知らないが、我々は政府から命じられた仕事が終われば直ぐに帰る。このことは忘れよう。」

 テオはアランバルリ少佐と部下達が固まったままもがいているのを感じた。3人の軍人はケサダ教授の強力な”連結”で体を拘束されているのだ。普通、”ヴェルデ・シエロ”の”連結”能力は1人だけに対して有効だ。”操心”と違って脳を支配せずに体の動きだけを支配する能力だ。大統領警護隊が使うのを何度か目撃したことがあったが、一度に複数の人間に”連結”技をかけるのを見たのは、テオも初めてだ。ケサダ教授は最強と言われるグラダ族の純血種だった。
 突然ボッシ事務官と村長がそれぞれ瞬きして、3人の軍人達を見た。

「どうかされましたか、少佐?」

 アランバルリ少佐と2人の部下が脱力して腕をだらんと落とし、よろめいた。あ、いや、と少佐が呟いた。

「日に当たり過ぎた。」

 彼は部下に合図を送り、くるりと向きを変えて来た道を歩き去った。その後ろ姿を見送り、事務官が頭を掻いた。

「ええっと・・・何か話していたような・・・」

 ケサダ教授がテオから手を離して言った。

「仕事の進み具合のことを訊いて来ただけです。」

 4人は教会前広場に向かって歩き出した。テオがそっと教授に囁いた。

「あの3人だけでしょうか? 村人ではなく彼等軍人から細胞を採取すべきなのだと思いますが・・・」

 教授が肩をすくめた。

「採らせてもらえないでしょう。迂闊なことに、私の正体を教えてしまいました。」
「彼等には自覚がありますね。」
「スィ。しかし祖先が私と共通であると言う認識があるかどうかは疑問です。」
「気を感じられたのですね?」
「スィ。出会った時から微かに感じていました。ただ余りに微弱だったので、軽視してしまったのです。貴方に教えるべきだったと後悔しています。」
「抑制していたのでしょうか?」
「ノ、彼等は抑制を知らない様です。あれが彼等にとって精一杯の能力に違いありません。私も微弱な力しか使いませんでしたが、彼等は抵抗出来なかった。」
「大人しく引き退ってくれると良いですね。」
「そう願っています。」

 最強と言われる能力を必死で隠して生きてきたフィデル・ケサダが後悔していた。テオは守らなければと感じた。ケサダもギャラガもパストルも守ってやらねばならない。彼等は異郷の地で正体を暴かれる訳にいかないのだ。

 

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