教会前のテントに戻ると、アンドレ・ギャラガとアーロン・カタラーニは昼寝をしていた。村全体がシエスタを取っているのだから、細胞を採取してもらいに来る人がいないのだ。コックのダニエル・パストルと運転手のドミンゴ・イゲラスも近くの木陰で寝ていた。テオが採取してきたコボス家の2人の細胞サンプルを冷蔵庫に入れて記録を録っていると、いつの間にかギャラガが起きてそばにいた。
「コボス家の人々はペドロの死に関して何か言ってましたか?」
ちょっと心配していた。ペドロ・コボスは大統領警護隊に射殺されたのだ。遺族が怨恨を抱いていたとしても不思議でない。テオは首を振った。
「何も・・・母親は耄碌していて、息子が死亡した知らせを聞いた筈なんだが、もう忘れていた。ペドロはまだ生きていて猟に出かけていると思っている。」
「気の毒に・・・」
「兄のホアンは無関心だ。今日の印象ではそう見えた。俺達に早く帰って欲しい、それだけだろう、素直に細胞を採らせてくれた。」
それよりも、とテオはバスの外に目を遣った。誰もこちらを見ていないと確認してから、それでもその場にしゃがみ込んで、ギャラガにも同じ姿勢を取らせた。
「アランバルリ少佐は”シエロ”だ。」
えっ!とギャラガが目を見開いた。小声で尋ねた。
「彼が名乗ったんですか?」
「ノ、コボスの家を出て直ぐに声をかけて来た。質問内容は何気ないものだったが、ボッシ事務官と村長を”操心”でその場に足止めした。ケサダ教授が素早く俺の注意を少佐から逸らして俺が”操心”にかけられるのを防いでくれた。」
「貴方は”操心”にかからないでしょう?」
ギャラガはテオの特異体質を承知していた。テオは苦笑した。
「うん、だが教授は予防線を張ったんだ。そしてアランバルリと2人の部下を一瞬で”連結”にかけた。」
「”連結”? ”操心”ではなく?」
「”連結”だ。村長と事務官にかけられた”操心”をかけた本人に解かせないといけないから。」
あ、そうか、とギャラガが自分の頭をコツンと叩いた。まだ超能力の種類の使い分けに混乱することがあるのだ。それに”ヴェルデ・シエロ”同士の場合、能力が同じ強さの者に技はかけられない。但し、グラダ族は別格だ。
まだ修行中のミックスのグラダ族、アンドレ・ギャラガは本気を出せば純血種の他部族より大きな力を出せる筈だが、まだ完全に力の使い方を学習した訳ではない。
「でも、どうしてアランバルリはドクトルと教授に声をかけて来たんですか?」
「恐らく本命は俺じゃなくて、純血種の教授だったのだろう。しかし無関係な”ティエラ”の事務官と村長に少佐が技をかけたので、教授は怒ったんだ。」
「少佐は教授に何の用事があったのでしょう? 昨日のシエスタの時に”感応”をかけて来たのも少佐でしょうね?」
「恐らく。だが目的がわからない。教授は正体をバラしてしまったことを後悔されている。」
テオはギャラガの肩に手を置いた。
「君も用心するんだ。力の大きさを頼んで戦おうなんて思わないでくれ。俺達は調査の為に来た。戦いに来たんじゃない。」
「承知しています。ケツァル少佐からも決して正体を明かしてはならぬと命じられています。」
ギャラガはバスの外へ目を遣った。
「コックも一族です。彼にも伝えておいた方が良いですね?」
「そうだな。”心話”で教えてやってくれないか。彼にも正体を明かさないよう念を押してくれ。」
午後からの採取は前日より人が減った。そろそろハエノキ村の住民達も慣れてしまって、義務ではない検査に関心を失ったのだろう。
テオは村民よりアランバルリ少佐の部隊に興味を抱いてしまった。もしかすると隣国版大統領警護隊なのかとも想像したが、そんな特殊部隊を隣国が持っていればセルバ側も早い時期に察知していただろう。アランバルリの部隊の中のごく一部が、”ヴェルデ・シエロ”の末裔に違いない。今回のセルバ共和国から来た民族移動の調査隊の中に一族がいると知っていた訳ではなく、試しに”感応”を行ってみたと思われる。反応がなかったのだから諦めてくれたら良かったのだが、少佐は直接純血種の教授に近づいて試したのだ。
アランバルリはとんでもなく危険なことをしている、とテオは感じた。あの少佐の目的が何なのかまだ不明だが、怒らせてはいけない男にちょっかいを出してしまったのだ。
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