2022/07/11

第7部 ミーヤ      3

  逃げて来た時と同じく、戻るのも一瞬だった。アンドレ・ギャラガはケツァル少佐より”着陸”が上手な様で、ミーヤの国境検問所の裏手の、警備隊員駐車場の中に出た。彼はテオが背中に背負ったカタラーニを押さえつけずに”着地”したことを目視で確認してから、検問所に向かって声を上げた。

「オーラ!」

 遊撃班のセプルベダ少佐が事前に検問所に連絡を入れておいたと言っていたので、彼は一番近い検問所オフィスの裏窓に向かって声をかけたのだ。
 テオはカタラーニを見た。まだ眠ったままの大学院生は、アランバルリから受けた拷問の痕が痛々しい。あまり長い時間眠らせるのも気の毒なので、この後自然に目覚めたら聞かせる言い訳をテオとギャラガは打ち合わせていた。
 検問所のオフィスの裏口が開いて兵士が出て来た。女性だ。その顔に見覚えがあったので、テオは思わず駆け寄ってしまった。

「ブリサ・フレータ少尉!」

 女性少尉が立ち止まった。信じられないと言う顔で彼を見て、すぐに満面の笑顔になった。

「ドクトル・アルスト!」

 軍人らしからず、”ヴェルデ・シエロ”らしからず、彼女はテオに駆け寄り、2人は一瞬ハグし合った。そしてすぐにフレータ少尉がパッと離れた。立場を思い出したのだ。

「本部から連絡を受けてお待ちしておりました。でも・・・ドクトルが来られるなんて!」

 かつて大統領警護隊太平洋警備室で勤務していた将校だ。ある事件に関わってしまい、懲戒処分として故郷に近かった前任地から遠い東海岸の南の端、ミーヤの国境検問所に飛ばされた。しかしそこで彼女は新しい人生を歩み始めた。閉塞的だった前任地より明るく刺激的な職場に入ったのだ。仕事仲間が多く、毎日何かが起きる。ひたすら同僚の食事の世話をして厨房と村の市場の往復だけの数年間とはまるっきり異なる環境で、懲罰として転属させられたにも関わらず、彼女は楽しい新生活を送っているのだった。

「元気そうで何よりだ。君の顔を見てホッとしたよ!」

 テオもつい昔話に引き込まれそうになった。 アンドレ・ギャラガが後ろで咳払いして、彼を現実に戻した。慌てて振り返り、仲間を紹介した。

「文化保護担当部のアンドレ・ギャラガ少尉だ。」

 ギャラガとフレータが敬礼で挨拶を交わした。テオはギャラガが肩を支えて立たせたカタラーニを彼女に見せた。

「アーロンは覚えているよな?」
「スィ。事情は上官から聞いています。建物の中に入って下さい。ここは結構人目につきます。」

 検問所の奥の休憩室は涼しくて、テオとギャラガは長椅子にカタラーニを座らせた。そこでギャラガがカタラーニの催眠を解いた。

「アーロン、おはよう!」

 カタラーニがうーんと唸って目を開いた。目の前にいるギャラガを見て、後ろに立っているテオを見た。

「おはよう・・・あれ? 僕・・・?」

 体を動かして、彼は殴られた箇所が痛んだのか、「いてて・・・」と呟いた。そして周囲を見回した。フレータ少尉と検問所の責任者、大統領警護隊国境警備隊南方面隊指揮官のナカイ少佐が立っていた。制服を見てカタラーニはドキリとした様子だったが、すぐにフレータを見分けた。

「フレータ少尉!? え? ここは一体・・・?」

 混乱している彼に、ナカイ少佐が言った。

「君は隣国の兵士の酔っぱらいに絡まれて喧嘩に巻き込まれ、負傷した。それでギャラガ少尉とドクトル・アルストが君をミーヤの診療所に運んだのだ。」

 テオは少佐がカタラーニの前に屈み込み、目を見ながら語っているのを見て、”操心”をかけていることに気がついた。ナカイ少佐はカタラーニから誘拐されて拷問された記憶を削除したのだ。アランバルリの一味がカタラーニから何を聞き出そうとしたのか、カタラーニの口から証言してもらう必要はない。アランバルリ本人を本部に捕えてあるのだから、当人から聞けば済むことだ。だから、カタラーニから”ヴェルデ・シエロ”やその他の超能力者に関する記憶を全て消し去った。
 カタラーニは自身の腕などに残る打撲痕を見て、「そうなんですね」と納得した。フレータ少尉が優しく尋ねた。

「気分はいかが? 冷たい物でも持って来ましょうか?」
「グラシャス、水をお願いします。」

 立ち上がったナカイ少佐はテオとギャラガに言った。

「残りの調査団のバスが到着する迄ここで待っているとよろしい。テレビを見ても構わない。」

 ギャラガが敬礼し、テオも感謝の言葉を言った。少佐は頷き、業務に戻るために部屋を出て行った。
 少佐と入れ替わりに、フレータが水の瓶を数本トレイに載せて戻って来た。

「昼食の支度が始まるので、半時間程度しかお相手出来ませんけど、退屈凌ぎのお喋りには付き合えますよ。」

 太平洋警備室にいた頃よりずっと明朗な女性に変身しているフレータにテオは安心した。

「それじゃ、キロス中佐やガルソン中尉、パエス少尉の現在を語ってあげようか?」

 フレータ少尉は空いている椅子に座った。目が輝いた。

「スィ! お願いします!」


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