2022/07/13

第7部 ミーヤ      4

  昔の勤務地の仲間達がそれぞれ新しい生活に馴染んでいることを聞いて、ブリサ・フレータ少尉は安心した様子だった。特に彼女と上官達が地位を捨ててまで守ったキロス中佐がすっかり健康を取り戻し、引退後の新生活に希望を持って臨んでいることを知り、喜んだ。
 フレータが昼食と検問所の雑事の為に休憩室を出ていくと、アーロン・カタラーニがテオを見た。”ティエラ”の彼が同席していたので、テオは太平洋警備室の元将校達の話を多少ぼかして説明したのだが、それがカタラーニにはちょっと不思議に聞こえたのだろう。しかしフレータにはちゃんと伝わったし、複雑な説明はギャラガが”心話”で補ってくれた。テオはカタラーニの問いかけるような視線を無視して、窓の外を見た。道路に列を作る車が少しずつ進んでいくのが見えた。検問を通ってセルバと隣国を往来しているのだ。
 カタラーニが溜め息をついた。

「僕等が西海岸へ行った時は、アカチャ族とアケチャ族の遺伝的共通性を調べるのが目的でしたね。今回は二つの国にカブラ族の末裔がいるかどうかを調べる目的です。地理的に末裔が共通して分布していて不思議じゃないと思います。どうして遺伝子を調べる必要があるのでしょう。狩猟民に限り、って条件をつけて行き来させれば良いと思いますけどね。」

 それが正論だろうとテオは思った。しかしセルバ共和国を裏で統治している”ヴェルデ・シエロ”達はカブラ族ではなく古代の”シエロ”の末裔の有無を調査したいのだ。それを表立って言うことは出来ない。だから彼は誤魔化した。

「政治家の考えていることなんて、俺達に理解出来る筈ないじゃないか。」

 カタラーニが何となくセルバ人らしく納得したので、ギャラガがホッとした表情をした。テオはちょっと可笑しくなって、外の空気を吸いに外へ出た。ミーヤの街は賑やかだ。大きな建物はないが、国境の街らしく商店が多く、貿易会社の支店もいくつか看板を出していた。隣国はセルバ共和国と農業と言う点ではあまり産物に違いがなく、農産物の取引はそんなに多くない。地下資源も似たり寄ったりだが、セルバは金鉱があるので金製品を扱う店がいくつか見られた。どちらかと言えば南の隣国の方が店が少なく、日用雑貨を仕入れに隣国から商人がやって来る。
 テオはミーヤ遺跡は現在どうなっているのだろう、と思った。小さな遺跡で年代も古いと言えないが、日本人の考古学者が調査している。どうやら古代の歴史や文化を記した石板や粘土板が出た様で、それを研究しているのだとギャラガが教えてくれた。盗むような美術品がないので、警護は大統領警護隊ではなく陸軍だけに任せていた。ミーヤから少しジャングルに入ったとこにあるアンティオワカ遺跡は今年度まだ閉鎖中だ。麻薬密輸組織に倉庫代わりに使われてしまった曰く付きなので、ケツァル少佐はまだ考古学者に開放していない。憲兵隊がのらりくらりと麻薬の残りがないか捜査中とのことだ。
 テオが数軒の店を冷やかして検問所に戻って来た時、ギャラガが戸口に姿を現した。ドクトル、と呼ばれてそばに行くと、彼は囁いた。

「ケサダ教授の気を感じます。バスが近づいている様です。」

 テオは検問所に並ぶ隣国側の車の列を見た。まだバスは見えなかった。

「視界に入っていないが、確かか?」
「スィ。バスを結界で包んでいるのでしょう。凄いパワーです。」

 グラダはグラダを見分ける。テオは検問所で勤務についている大統領警護隊の隊員達を見た。みな平素の表情で車をチェックしている。書類審査を行っているのは、陸軍国境警備班の”ティエラ”達だ。大統領警護隊の隊員達はギャラガが感じ取っているケサダ教授の気の大きさを感じていない。部族が異なると察知出来ない気もあるのだ、とテオは思った。結界にまともに突っ込むと、”ヴェルデ・シエロ”は脳にダメージを受ける。だからグラダ以外の部族はグラダ族の能力を恐れる。逆に言えば、他部族には察知出来ないから、教授は己が本当はグラダ族であることを一族に知られずに済んでいる。
 白人を含め色々な部族の血が混ざり合っていると言っても、ギャラガはケサダ教授の気を感じられる。やはりアンドレはグラダ族だ、とテオは確信した。恐らく微妙にグラダの因子を持った人々が婚姻の繰り返しによって知らぬうちにグラダの割合を高めてしまったのだ。
 大先輩の気を感じてギャラガが興奮しかけていたので、テオは落ち着けと声をかけた。

「バスが無事に国境を越える迄、油断出来ないぞ。」

 そうこうしているうちに、隣国の家並みの向こうから緑色のバスが姿を現した。普通に走って、検問所の列の最後尾についた。護衛でついている筈の陸軍の車両は見えなかった。1台だけジープが後ろについていたが、バスが検問所の列に並ぶと、離れて隣国側検問所オフィスの前に停まった。

「やばい」

とギャラガが囁いた。

「アランバルリの側近の2人です。恐らく書類不備とかでバスの出国を妨害するつもりでしょう。」
「何とか出来ないか?」

 するとギャラガはセルバ側のオフィスに走って行った。責任者のナカイ少佐に協力を要請に行ったのだ。テオはバスを眺めた。見た限り、バスの車体は傷がなく、無事に走って来たと見えた。



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