2022/07/13

第7部 ミーヤ      5

  テオがゲートに近づくと、大統領警護隊国境警備隊の隊員が1人ついて来た。近づくなとは言わない。ただ見守っているだけだ。テオがバスが近づくのを見ていると、ナカイ少佐が窓から声をかけて来た。

「中に入って下さい。」

 検問所オフィスだ。民間人も身体検査が必要な人間は呼び込まれる。テオは肩をすくめて中に入った。意外なことに、中は両国共通のスペースだった。セルバから隣国へ出国する人間の身体検査を隣国の審査官が見守り、隣国からセルバに入る人間の身体検査をセルバの役人が見ている。テオはそこでアランバルリの側近2人が部屋の隅に立っているのを見た。まるで汚れた軍服を見たマネキン人形みたいだ。ボケーっと立っているだけなので、テオはナカイ少佐を振り返った。少佐がニヤリと笑った。恐らく2人の兵士は役人に”操心”を掛けて、セルバ政府のバスを出国させまいとのつもりで、オフィスに入ったに違いない。しかし、そこで待ち構えていたのは、彼等より遥かに強い”操心”を使える本物の”ヴェルデ・シエロ”達だったのだ。
 隣国の役人達は2人の兵士の存在に気がつかないかの様に業務を続けていた。そして緑色のバスがゲートに到着した。運転手のドミンゴ・イゲラスが書類を提出し、外務省事務官のアリエル・ボッシも全員のパスポートと政府の書類を出した。隣国側は持ち出していけない物を持っていないか、それだけ調べた。セルバ側は書類にさっと目を通しただけで、記載されている人数が3人足りないことに言及しなかった。テオは隣国の役人も大統領警護隊の”操心”に掛けられて人数が合わないことに気がついていない、と知った。
 やがて書類の何枚かに許可のスタンプが押され、イゲラスとボッシがバスに戻った。彼等もテオがそこにいることに気がつかなかった。ケサダ教授とコックのダニエル・パストルが連携して仲間に”幻視”と”操心”をかけているのだ。テオはバスから姿を現さない2人に感謝した。
 ナカイ少佐がテオに囁いた。

「バスがゲートから100メートル程入ったところで、お仲間と合流なさい。トーコ中佐によろしく。」
「グラシャス!」

 少佐が目を細めてバスを見た。

「マスケゴとブーカが連携すると、結構な仕事が出来るものですな。」

 テオは笑顔で応えただけだった。
 休憩所に戻る途中で、厨房を覗くと、フレータ少尉と仲間2人が昼食の支度をしていた。

「俺達、バスが戻って来たから、グラダ・シティに戻るよ。」

と声をかけると、少尉は調理の手を止めずに顔だけ向けて、笑顔で「またいつか!」と挨拶してくれた。テオはちょと敬礼を真似て、その場を後にした。
 ギャラガとカタラーニを連れてバスを追いかけ、ナカイ少佐が言った地点で乗り込んだ。ケサダ教授は往路と同じ座席で、コックのパストルも最後尾のシートで少し疲れた表情で座っていた。ギャラガが順番に2人に”心話”で報告を行い、カタラーニとバスの”ティエラ”2人に与える説明の打ち合わせを行った。そして教授が軽く咳払いして、ボッシ事務官と運転手イゲラスに掛けた”操心”と”幻視”を解いた。ボッシ事務官がカタラーニを見て微笑みかけた。

「怪我の具合はどうだね?」
「グラシャス、大したことありませんでした。」

 打撲の跡が生々しいにも関わらず、カタラーニは強がって見せた。
 テオはケサダ教授の隣に座った。

「貴方に多くの負担をかけてしまいました。」

と言うと、教授が肩をすくめた。

「私には負担ではありませんが、アブラーンならどの程度までやるだろうかと、そればかり考えていました。」

 アブラーン・シメネス・デ・ムリリョは生粋のマスケゴ族だ。ケサダ教授は妻の兄の能力の限界がどの程度かと考えながら、マスケゴ族のふりをして能力を使っていた。だから、今彼は疲れているふりをしているのだ。ブーカ族のダニエル・パストルに正体を見破られない様に。マスケゴ族はブーカ族より力が弱いことになっている。もし彼が本当に疲れているのだとしたら、それは気疲れだ。
 
「アランバルリ達は何者なんでしょう?」

とテオが呟くと、教授はさぁねと言った。

「少なくとも、一族ではありません。」


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