2022/07/14

第7部 ミーヤ      6

  帰りはハイウェイを快調に飛ばし、バスがグラダ・シティに入ったのは午後4時頃だった。途中、道端の売店で昼食を購入して、あとはトイレ休憩に2回停車しただけだ。アンドレ・ギャラガ、フィデル・ケサダ教授、コックのダニエル・パストル、3人の”ヴェルデ・シエロ”は本当に疲れたのだろう、車中にいる間は殆ど眠っていた。テオも眠たかったが、気絶して十分睡眠を取ったアーロン・カタラーニが運転手と喋っていたので、ぼんやりとその会話を聞いていた。運転手のドミンゴ・イゲラスは陸軍の兵隊とカタラーニが喧嘩したと聞かされたので、これ以降の己の運転手業務で隣国に行くのは拙いかな、と心配していた。

「国内路線のバスに転向すれば?」

とカタラーニが呑気に提案すると、彼は「馬鹿言え」と否定した。

「国境を跨ぐ長距離の方が給金が良いに決まってるだろ。」

 尤も乗客が他国で喧嘩したからと言って運転手にお咎めがある筈がない。イゲラスは軍隊に近づかない様に用心するさ、と笑った。

「だが、一体何が原因で喧嘩したんだ?」
「それが僕もよく思い出せなくて・・・」
「飲酒したんだろ?」
「それも思い出せなくて・・・」

 カタラーニはテオを振り返った。

「記憶喪失ってこんな感じですか?先生?」
「こんな感じとは?」

 テオはいきなり話を振られたので、一瞬ビクッとしてしまった。カタラーニは気づかずに両方の眉を下げて情けない顔をした。

「なんと言うか、頼りない、足が地につかない・・・」
「ああ・・・そうだな・・・」

 テオは「元記憶喪失の先生」として大学で知られている。仕方なく同意してやった。本当はもっと不安で落ち着かないんだ、と思ったが。
 バスは一番最初にグラダ大学に到着した。テオとカタラーニはそこで隣国で採取した検体を降ろし、自分達の荷物も降ろした。ケサダ教授と学生として参加したギャラガも大学で降りた。彼等はあまり物を収集した訳でなく、殆ど写真を撮影しただけなので、個人の荷物だけだった。だからバスが外務省に向かって走り去ると、考古学部の2人はテオ達が検体を生物学部の研究室に搬送するのを手伝ってくれた。
 セルバ流に分析を始めるのは翌日からと言うことにして、検体を冷蔵庫に収納した。そしてテオは打撲を受けたカタラーニを先に帰宅させた。大統領警護隊本部で手当を受けたので、カタラーニがすぐに医者に行く必要はないが、無理をしないよう言い含めた。カタラーニが素直に研究室を出て行くと、テオはやっと肩の荷が降りた感じがした。手伝ってくれたケサダ教授とギャラガにコーヒーを淹れた。

「ハエノキ村の住民に”シエロ”の末裔はいないと思いますが・・・」

と彼は言った。

「アランバルリと2人の側近は怪しいです。彼等の親族を調べたいと思います。」
「その必要はないでしょう。」

と教授が言った。テオが彼を見ると、教授はコーヒーの表面をぼんやり眺めながら続けた。

「今まで彼等は表立った行動を取って来ませんでした。恐らく、何らかのタイミングで彼等は偶然互いに似通った能力を持っていると気づき集まったのだ、と私は考えます。自分達の力がどう言う物なのか調べるうちに”ヴェルデ・シエロ”の伝説に辿り着いたのでしょう。彼等の親族が力の因子を持っていたとしても、力の発露には訓練が必要となるレベルの筈です。あの3人の肉親が団結して力を誇示すると思えません。問題とすべきは、彼等が3人だけなのか、彼等が同じ力の人間を集めて何をするつもりだったのか、と言うことです。」
「アランバルリは今大統領警護隊本部にいます。」

とギャラガが言った。

「多分、上官達が尋問した筈です。国境の検問所に側近の2人もいました。恐らくアランバルリの尋問が終わる迄足止めされたでしょう。尋問で得られた情報の結果で彼等の処分が決まります。」

 教授が彼に視線を向けた。

「その処分の内容を我々は教えられないのだろう? 彼等はいつもそうだ。」

 そうだ、大統領警護隊司令部は敵や違反者に対する処分を決して下位の隊員や部外者に教えてくれない。それは長老会も同じだ。最長老の1人であるムリリョ博士は絶対に長老会の決定を他の一族、家族に教えない。ケサダ教授はその秘密主義に不満なのだ。
 大統領警護隊で一番下位の少尉であるギャラガはショボンとして教授の言葉を認めた。

「私が先生やドクトルにお伝え出来ることはありません。私も教えてもらえないのです。」

 テオは仕方なくその場を収めた。

「それじゃ、今日は各自帰りましょう。お疲れ様でした。」

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