2022/07/15

第7部 ミーヤ      7

  テオはケツァル少佐のコンドミニアムに帰り着くと、少佐側のリビングのソファに横になり、眠った。家政婦のカーラが夕食の支度をする音を聞きながら、穏やかに休息を取った。疲れていたが2時間後に目覚めたのは、空腹だったからだ。テーブルの上に料理が並んでいた。彼が体を起こすと、丁度少佐がバスルームから髪をタオルで拭きながら姿を現した。「お帰り」と彼が言うと、彼女も「お帰りなさい」と返した。

「あちらでのお仕事はいかがでした?」
「アンドレから報告を聞いただろ?」
「スィ。でも貴方からも聞きたいです。」

 そして付け加えた。

「貴方が疲れて喋れないと言うのでしたら、別ですが。」
「喋れるさ。」

 彼等はダイニングに移動した。カーラがスープを配膳すると、少佐が彼女に言った。

「今日はこれで終わりにしましょう。後は私達でします。」

 まだ外は明るかった。カーラは素直に主人の言葉を受け容れ、持ち帰り用の食材を鞄に入れて、見送りなしで部屋から出て行った。建前は時間給だが、少佐は自分達の都合で彼女を早く帰らせる時は、契約時間通りの給料を払ってくれるので、家政婦は決して文句を言わなかった。
 2人きりになると、テオはゆっくりと食べながら隣国の遺伝子採取旅行で起きた出来事を順を追って語った。到着日に護衛だと言って隣国の陸軍の小隊がセルバ側のバスについてハエノキ村に入ったこと、作業を始めて2日目の午後、シエスタをしていたセルバの”ヴェルデ・シエロ”達が何者かに”感応”で呼びかけられたこと、3日目にテオに吹き矢を射たペドロ・コボスの遺族を訪ねて検体を採取したこと、コボスの家から出ると、護衛部隊のアランバルリ少佐と2人の側近が待ち構えており、"操心”を使って情報を引き出そうとしたので、ケサダ教授が妨害したこと、夕刻に水汲みに出かけたアーロン・カタラーニとアンドレ・ギャラガがアランバルリの一味に襲われ、ギャラガが吹き矢で動けなくなった隙にカタラーニが誘拐されたこと、帰りが遅い彼等を探しに行ったテオがギャラガを見つけ、回復した彼と共にカタラーニを救出に向かったこと、その間にバスと”ティエラ”のセルバ人をケサダ教授とコックのダニエル・パストルが守ってくれたこと、ギャラガが”操心”を使ってアランバルリを操りカタラーニを救出したこと、アランバルリの側近達が追跡して来て、吹き矢で襲われると同時にギャラガがテオ達を連れて大統領警護隊本部へ”跳んだ”こと、仲間の毒矢に刺されたアランバルリを司令部が手当して尋問にかけたこと、同じく手当を受けたカタラーニを連れてテオとギャラガはミーヤの国境検問所へ”跳び”、そこでバスと合流したこと・・・。

「ああ、そうだ、ブリサ・フレータ少尉に会った。彼女、活き活きしていたな、前の職場よりずっと幸せそうだった。」

 ケツァル少佐が頷いた。フレータ少尉の様子はギャラガからも”心話”で情報をもらっていた。

「今度ガルソン中尉に出会ったら、伝えておきます。彼からキロス中佐にも伝わるでしょうから。」

 元上官と部下、それも異性と言う関係では互いに近況を伝え合うことも少ないだろう。テオはちょっぴり友人となった大統領警護隊の隊員達の役に立てたかな、と思った。するとケツァル少佐が言った。

「アンドレは貴方のお陰で命拾いしました。感謝します。」

 テオは驚いて彼女を見た。

「いや、俺はただ彼に息を吹き込んでみただけだ。心肺蘇生術を少しだけ・・・」
「でも放置されたままでは、彼は死んでいました。」

 少佐が微笑した。

「アンドレも十分承知しています。まだ毒に対処する方法を私は彼に教えていませんでした。銃弾をかわす訓練ばかりさせていましたので。指導指揮官としてのミスです。貴方に感謝します。」

 彼女が右手を左胸に当てて頭を下げた。テオは照れ臭かった。だから話を逸らそうとした。

「だけど、アンドレはその後でかなり力を発揮させたぞ。いつの間にあんなに能力を使いこなせるようになったんだ?」
「元々能力を持っているからです。」

と少佐はこの件に関しては冷静に答えた。

「どの様に使いたいか、彼は自分で考えて使ったのです。私は彼が力を使いこなせたことより、自分で判断出来たことを評価します。”ヴェルデ・シエロ”の戦いは、一瞬一瞬で決まりますから。」
「つまり、アンドレは本当の意味で”ヴェルデ・シエロ”の戦士に成長したってことだな。」

 テオもやっと笑うことが出来た。そして他の”ヴェルデ・シエロ”のことに考えを及ぼす余裕が出てきた。

「コックのパストルはメスティーソの”シエロ”だが、彼は民間人だろう? 今回の件で彼がいてくれて助かったけど、厄介なことに巻き込んでしまって申し訳ないなぁ。」

 少佐はパストルと言う人物を知らないので、肩をすくめた。

「彼のことはロペス少佐に任せておけばよろしい。外務省が彼をバスに乗せたのですから。」
「そうだろうけど・・・」

 短い付き合いだったが、テオはまた1人”シエロ”の知人が増えて少し嬉しかった。

「ケサダ教授がいてくれて本当に助かったよ。アンドレと俺がアーロンを救出する間、ずっとボッシ事務官や運転手や村人や陸軍小隊を”幻視”で誤魔化してくれていたんだから。」

 ケツァル少佐が真面目な顔になった。

「彼が何をしたか、ムリリョ博士には黙っていて下さい、テオ。博士は義理の息子の正体を一族に知られまいと必死で隠しているのです。」
「わかってる。教授も”シエロ”だと敵に知られたと言って悔やんでいたから。ムリリョ博士に叱られたくないだろうし。」

 彼の言葉の後半を聞いて、少佐がぷっと笑った。

「フィデルはかなりヤンチャな人ですからね。」
「そうだな。」

 テオも笑った。

「5人目の子供がコディアさんのお腹にいるそうだよ。」

 初耳だったらしく、ケツァル少佐が目を丸くした。

「本当ですか?」
「スィ。今度は男かな女かな・・・?」
「男だと良いですね。」

と言って、少佐はテオを驚かせた。

「何故だ? 子供のナワルが黒いジャガーだと成年式で判明したら、父親もグラダだってわかってしまうじゃないか。」
「大丈夫ですよ、父親に変身してナワルを見せろなんて誰も言いません。フィデルは既に成年式を済ませているし、当時の長老達は彼の子供が成長する頃にはいなくなっていますよ。フィデルのジャガーが何色かなんて言う人はいないでしょう。せいぜい黒だってことを隠していたな、と思われるだけです。」
「・・・」
「子供が白いジャガーになる確率はゼロに近いです。白いジャガーは遺伝しませんから。」
「そうなのか?」
「もし遺伝したら、代々白いジャガーに変身する人が生まれていたでしょう?」

 確かにそうだ。ずっと白いジャガーは”ヴェルデ・シエロ”達の間では伝説の存在でしかなかったのだ。
 少佐が視線を空中に漂わせた。

「フィデルとカルロが並んで変身したら、さぞや美しいでしょうね。」
「俺はアンドレのも見たいよ。」
「彼は銀色ですよ。」

 少佐が微笑んだ。



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