2022/07/28

第8部 贈り物     6

  テオは事件の捜査に加わりたいと思った。しかし、彼には彼の仕事があった。半年後にヨーロッパで開かれる遺伝子学会に出席しないかと生物学部長から打診を受けていた。プロの遺伝子学者として世界に出るチャンスだ。テオは昔から出てみたかった。アメリカ時代は軍の施設にいたので、表だった研究活動の発表が出来なかった。彼が携わった研究はどれも「国家機密」だったからだ。セルバ共和国に亡命してからは、身の安全の為に国外に出ることを許されなかった。だが・・・

「もう世界に出ても良い頃じゃないかね?」

と学部長が言ってくれた。テオが研究しているアメリカ先住民と肉体労働の遺伝子レベルにおける関係、つまり植民地時代に鉱山などの労働に駆り出された先住民が肉体労働に不向きで絶滅に追い込まれた歴史を、遺伝子による筋力の強さで解明しようと言う試みを、発表してみないか、と言うことだ。テオはオルガ・グランデの鉱山会社で働く労働者の中で先住民系の人々が健康被害を受け易いことを心配し、同じ労働条件の他の人種の労働者とどう異なるのか、調べていた。つまり、遺伝子レベルで労働者の体質改善と健康維持を探求しているのだ。
 学会に出てみないかと言う誘いは大変有り難かった。しかし、まだ世界に発表出来る段階迄遺伝子レベルでの解明が出来ていない。テオは返事を1週間待って下さいと学部長に告げたばかりだった。
 彼が話し合いに乗ってこないので、ケツァル少佐は仕事との両立で悩んでいるなと察した。

「ネズミの行方が全く掴めていない段階で、ドクトルが参加されても意味はありません。」

と彼女は言った。テオは黙っていた。デネロスが彼の手に己の手を重ねた。

「2人で留守番しましょう、ドクトル。」
「・・・そうだな・・・」

 テオは仕方なく頷いた。

「俺は白人だし、マハルダより遥かに弱いからな。」

 アスルが立ち上がった。

「それじゃ、私はマハルダに引き継ぐ書類の整理をします。明日の昼迄に渡せるよう努力します。」

 ロホとギャラガも同様に席を立った。

「助っ人がオフィス仕事に向いている人だと良いですね。」

とギャラガが先輩を慰めた。 デネロスは肩をすくめた。

「カルロだったら良いけど、期待はしないわ。遊撃班の副指揮官が来てくれる筈ないもの。」

 だが遊撃班は人員不足の部署に助っ人を出す部署だ。文化保護担当部が応援を求めれば、セプルベダ少佐は適材適所で誰かを寄越すだろう。
 ケツァル少佐が考えた。

「申請書類は多いですか?」
「例年通りです。一月ぐらい溜めても大丈夫でしょう。」

とロホ。テオは突然各国の遺跡発掘許可申請がなかなか通らない本当の理由を悟った。大統領警護隊文化保護担当部は審査が厳し過ぎるのではない。申請書類の審査以外の仕事が生じると、そちらを優先するので、書類は後回しにされるのだ。”ヴェルデ・シエロ”にとって、遺跡調査より遺跡を守る方が先決だ。遺跡から持ち出された物を探し、回収して、元の場所に戻すことが最優先される。
 少佐が呟いた。

「助っ人は1人で十分ですね。」


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