「だが、それにしてもどうしてネズミの神様が雨の神様なんだろ?」
テオが素朴に疑問に感じたことを口に出すと、デネロスはニヤリと笑った。
「ネズミと言うのは便宜上の表現です。本当はアーバル・スァット様はジャガーなんですよ。」
「やっぱりそうか!」
中南米では、ジャガーは雨を降らせる霊的な動物と考える部族が多い。ゴロゴロと喉を鳴らす音が雷を連想させるのだろうとヨーロッパの学者達は考えている。
「昔の彫刻はデフォルメされているし、長い歳月の間に摩耗して原型が分かりにくくなっていますからね。」
デネロスはタコの唐揚げをモリモリと食べた。純血種の”ヴェルデ・シエロ”は頭足類を食すことを好まないが、メスティーソ達は好きだ。
「元々あの神像を作ったのは”シエロ”だと言われています。オスタカン族に授けられて、神殿に祀られていたんです。だから、あの神様は”シエロ”の言うことは聞くのです。粗末に扱われて怒り狂わない限りはね。」
「”ティエラ”では制御出来ないのか?」
「無理です。丁寧にお祀りして願い事をすれば叶えて下さいますが、雨のことだけです。お金儲けや恋愛成就はありません。そして一旦怒らせると、もう”ティエラ”では手がつけられません。これは、過去のオスタカン族に伝わる昔話にも数回あります。その都度彼等は”シエロ”を探してきては、神様のお怒りを鎮めてもらったのです。」
その説明には重要な要素が含まれていることにテオは気がついた。”ヴェルデ・シエロ”は古代に滅びたと言うのが定説、とセルバ人は公言しているが、本当はまだ生き残っていることを知っているんだ、と彼は気がついた。言い伝えとして知っているのではなく、今も生きていると確信している。
バルデスも大統領警護隊が”シエロ”と話が出来る人々ではなく”シエロ”そのものだと知っているんじゃないのか?
だからバルデスはケツァル少佐やロホ達に逆らわない。大統領警護隊だから逆らわないのではなく、”ヴェルデ・シエロ”だから逆らわないのだ。
ってことは、バルデスは、伝説の神様が霊的存在ではなく、生身の人間だってことも知っているんだ・・・
それが良いことなのかこちらにとって都合の悪いことなのか、テオは判断しかねた。
だが少佐達は、そんなことなどお見通しなんだろうな・・・
無条件に神様扱いされて平伏されるより、こちらの弱点を知られている方が却って利用しやすいこともあるに違いない。例えば洞窟探検の装備を準備してもらうとか、インターネットを使った調査をしてもらうとか。バルデスは善人と呼べないが、セルバと言う国を裏切ることはしない人間だ。”ヴェルデ・シエロ”を裏切るとどうなるか、彼は知っている。
その彼が、ネズミの神様を盗まれて困っているのだ。神罰を恐れているに違いない。
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