ケツァル少佐が雇っている家政婦のカーラは、主人が留守の時にやって来る訪問者を決してアパートの中に入れたりしない。しかし、少佐の部下は例外で、リビングに通す。テオがもう一つの区画に引っ越して来てからは、男性の部下はテオの部屋のリビングへ入るようになった。彼等も彼等なりにカーラに気を遣っているのだ。
その夜、デネロス少尉を官舎へ送ったテオが帰宅すると、カーラが入れ替わりに帰宅しようと下へ降りて来た。週末は家政婦は休業だったので、テオは驚いた。彼女は少佐の指示で特別業務をしていたのだ。一階のロビーで出会うと、彼女は来客があることを告げた。
「ステファン大尉が見えられましたので、貴方のお部屋へ通しておきました。」
「グラシャス! 気をつけてお帰り!」
「グラシャス! おやすみなさい。」
カーラは呼んでいたタクシーに乗って帰って行った。
テオは来客があることを、駐車場の客用スペースに停められていた大統領警護隊のジープの存在で知っていた。もし遊撃班からの助っ人で中尉以下の隊員だったら、マカレオ通りのアスルが住んでいるテオの旧住宅に行くだろうから、ケツァル少佐のアパートに来るのは大尉だけだ、と予想したのだ。
エレベーターの使用を”ヴェルデ・シエロ”達は嫌うが、テオは平気だ。すぐに最上階の彼と少佐だけのフロアに到着した。エレベーターを出ると狭い公共スペースがあって、左右に並んでいるドアの右側をテオはチャイムを鳴らしてから開いた。さもなければステファン大尉に殴り倒される恐れがあった。彼等は実際用心深いのだ。
カルロ・ステファン大尉は何もないリビングの、数少ない家具である古いソファの真ん中にふんぞり返ってテレビを見ていた。テオを見るとニヤリと笑った。
「ご自宅のチャイムをわざわざ鳴らして入るんですか、貴方は?」
「誰もいなけりゃ鳴らしたりしないさ。入るなり君に張り倒されたくないからね。」
2人は笑い、ハグで挨拶した。それからテオは何もないキッチンにポツンと鎮座する小さな冷蔵庫からビールを出して、大尉と乾杯した。
「もしかして、君がマハルダの助っ人なのかい?」
「スィ。他の連中は考古学の素人なので、私に行ってこいとセプルベダ少佐から命令が降りました。明日からマハルダ・デネロス少尉の部下として働きます。」
と言いつつ、ステファンは嬉しそうだった。古巣に久しぶりに帰るのだ。それも上官の命令で。書類仕事ばかりでも、嬉しいに違いない。
「マハルダは捜査に加われなくて、不満らしいぞ。」
「そうでしょう。しかし、ネズミの神様はそんじょそこらの神像とは威力が違いますからね。彼女が完璧に能力を使えたとしても、神様が怒った時は歯が立たないでしょう。私も白人の血が入っていますから、神様が言うことを聞いてくれるとは限りません。」
「だが、アンドレは捜査に出ている。」
「彼は・・・」
ステファン大尉は肩をすくめた。
「能力の幅がまだ謎なんです。もしかすると私より強いかも知れない。」
「黒じゃなく銀色なのに?」
「色で力の強さが決まるのではありません。反対に力の強さが色に出ることもありません。」
「シュカワラスキ・マナの息子がそんなことを言うんだったら、アンドレの力の大きさは本当に未知数なんだな。」
テオは研究室に保管している友人達の遺伝子マップを頭に思い浮かべた。ギャラガの遺伝子は様々な種族の血が混ざっているので、他の”ヴェルデ・シエロ”達のものと少し差異がある。それがどの力を表し、どの程度の力なのか、テオはまだ解明出来ていない。純血種を解明しなければ、ミックスの解析は難しいだろう。
「だが、純血種以上に強いことはないよな?」
「純血種のグラダは現在女が1人だけです。」
ステファン大尉は異母姉ケツァル少佐を頭に浮かべて言った。テオは、もう1人男性がいるんだと言いたかったが、我慢した。これは「彼」との約束だ。絶対に誰にも言わない。ただ、少佐とギャラガは知っている。ステファンだけが知らないのは不公平なのかも知れない。だが、彼等を守るために秘密を知る人間は少ない方が良いのだ。
テオは話題を変えた。
「君の遊撃班の話を聞かせてくれないかな。勿論、公表出来る範囲で構わないから。」
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