2022/07/06

第7部 誘拐      6

  水を入れたポリタンクを載せたカートを押して、ケサダ教授はバスに戻って行った。テオがギャラガを見ると、若い大統領警護隊の隊員は足首に隠していた小型拳銃を盗られていなかったことを確認していた。アランバルリの一味は彼が軍人だとは想像していなかったのだ。白人を吹き矢で射殺してそれで終わり、と安直に考えたのだろう。
 テオとギャラガはトウモロコシ畑の中の道を行き、部隊の野営地へ向かった。辺りは薄暗くなって、村の家家の灯りが見えた。軍の野営地はすぐにわかった。初日に見た様に30人ほどの部隊だ。その中の何人が”シエロ”の末裔なのかわからないが、彼等はセルバ人が殺害されたり誘拐されたと言う騒ぎが起きたら、反政府ゲリラの仕業と決めつけるつもりでいるのだろう。セルバ側からの反撃を警戒もしないで、暢んびり夕食を取っていた。
 夜目が効くギャラガがテオを木陰に誘導した。己の小型拳銃をテオに渡した。

「”幻視”を使って野営地の中に入ってみます。結界を張っているように見えませんが、どこまで入れるか調べて戻って来ます。」

 ギャラガは、自分1人で十分やれる、とは言わなかった。常に2人1組で行動せよと言う教えを真面目に守っていた。カタラーニを見つけて救出するのは2人で行う、と彼は考えていた。それはテオとはぐれてはいけないと言う思いもあったのだ。彼は失敗を取り戻す為にがむしゃらに頑張るタイプではなかった。失敗すれば、その原因を考え、より用心深くなるタイプだ。カタラーニとテオは”ティエラ”で、彼は1人で守らねばならない。しかしテオが非戦闘員であるにも関わらず非常に頼りになる男だと理解していた。だから、テオを安全圏に置いて自分1人で行動することの方が不安だったのだ。
 テオはギャラガの提案を了承した。

「連中が結界を張れる力を持っていると思えないが、用心するに越したことはない。特にアランバルリ少佐には気をつけろ。」

 敵の”シエロ”の末裔の人数が不明なのが気がかりだったが、ギャラガは静かに野営地へ入って行った。テオはそっと木の影から様子を伺っていた。
 ギャラガは最初物陰から物陰へと移動していたが、途中で近くを通った兵士が彼に気づかなかったので、今度は堂々とテントの間を歩いて行った。ぶつからないように、音を立てないように、用心したのはその2点だった。
 兵士達はリラックスしていた。セルバ人の調査団が明朝帰ると聞いて、国境までの護衛をすれば基地に帰れると話していた。指揮官の少佐やその側近達と思われる兵士は彼等が食事を取る場にいなかった。ギャラガはどの兵士からも”ヴェルデ・シエロ”の気を感じなかった。
 ギャラガはテントに戻ろうとした兵士を1人捕まえた。一瞬姿を現し、相手の目を見て命令した。

「アランバルリ少佐のところへ案内しろ。」

 兵士がくるりと背を向けて歩き出したので、ギャラガは急いで”幻視”を再開した。周囲を確認して、他に彼の姿を見た者がいないと判断した。
 ”操心”にかけられた兵士は野営地の中をスタスタと歩いて行った。途中で彼の同僚が声をかけたが、彼は「少佐のところへ行くんだ」と応えただけだった。
 やがて一回り大きなテントの前に来た。兵士が中に入ってしまえば面倒なことになる。ギャラガは兵士に近づき、耳元で囁いた。

「任務完了。戻ってよろしい。」

 素早く身を遠ざけると、兵士はハッと夢から覚めた様な顔になった。目の前のテントを見て、周囲を見回し、首を傾げた。そして上官から絡まれる前にイソイソと立ち去った。
 ギャラガは忍足で大きなテントに近づいた。彼の優れた聴覚を持つ耳に、テントの中の会話が聞こえた。

「セルバ人だからと言って、みんなが同じ力を持っているとは限らないようだ。」
「こいつはただの人間です、少佐。どうしましょうか?」
「我々のことを知られてしまった。生きて帰す訳にはいかん。」

 ギャラガはドキリとした。こいつらは”操心”を使える筈だ。カタラーニの記憶を消して帰せば良いだろうに。アランバルリの声が続けた。

「白人の若造を君は毒矢で殺してしまった。この若造の記憶を消すだけでは騒動を消せないだろう。」

 3人目の声が聞こえた。

「君が白人を殺したりするから、そろそろセルバ人が死体を見つけて騒ぎ出すぞ。」
「あの白人は兵隊みたいな気配を持っていた。軍隊上がりだろう。抵抗されて騒ぎになるといけないから、殺した。セルバ人は村外れの猟師の家族の仕業だと思うんじゃないか。ペドロ・コボスはセルバ人に殺されたから、兄貴が弟の仇を討ったと考えるだろう。」
「いずれにせよ、そろそろ死体を誰かが見つけて騒ぎ出す。ここへ通報に来るのも時間の問題だ。」

 するとアランバルリが言った。

「この若造は人質として生かしておく。あのセルバ人の調査団の中に我々の昼間の記憶を消した人間がいるのは確かだ。」

 ギャラガは緊張した。しかし気を発する訳にいかない。彼は心を無にして会話を聞くことだけに神経を注いだ。
 アランバルリが呟いた。

「インディヘナの男がいたな・・・教授と呼ばれていた・・・」

 ギャラガはそっとテントから離れ、素早く近くの藪に入った。そして葉音を立てずにテオが隠れている場所へと走った。



0 件のコメント:

第11部  紅い水晶     19

  2台目の大統領警護隊のロゴ入りジープがトーレス邸の前に到着した時、既に救急車が1台門前に停まっていた。クレト・リベロ少尉とアブリル・サフラ少尉がジープから降り立った。2人は遊撃班の隊員で、勿論大統領警護隊のエリートだ。サフラ少尉が一般にガイガーカウンターと呼ばれる放射線計測器...