2022/08/10

第8部 贈り物     19

 デランテロ・オクタカスの病院は、診療所と呼んだ方がふさわしい設備だった。グラダ・シティの国立総合病院、グラダ大学医学部附属病院や陸軍病院の様な最新医療設備に程遠い、20年以上の年季が入った医療機器がまだ現役で、医師は現代医療を行なっているが、多分都会では何か訳ありで地方で働かざるを得なかったのだろう、と思えるやさぐれ感が漂っていた。
 アンドレ・ギャラガは怪我をした遺跡警備員の病室に入ることを許されたが、肝心の患者は意識不明のままだった。どこかで空気が漏れているんじゃないかと思える雑音がする酸素吸入器に繋がれて、男がベッドに横たわっていた。中年のメスティーソで、警察によれば、彼は雇い主のバルデスに携帯電話で「襲われた」と一言連絡を寄越したきりで、バルデスから救援要請を受けた警察が駆けつけた時にはもう意識がなかったと言う。警察官はバルデスの要請に従って遺跡の中の動画を撮影して、オルガ・グランデに送信した。それでバルデスは神像の盗難を知ったのだ。
 医師は、被害者は頭部を殴打されており、脳にダメージを受けていると言った。レントゲンでは脳内出血を認められなかったが、頭皮が裂けて出血があり、棍棒の様な物で殴られたのだろうと言った。
 ギャラガは指導師の資格も学習経験もなかったが、先輩達から話を聞いて知っていることがあった。”ヴェルデ・シエロ”の爆裂波を頭部に受けると、出血することなく脳にダメージを与えられてしまう、と。外傷を見て、「こんな程度の傷で目覚めない筈がない」と感じていたギャラガは、先輩の言葉を思い出して、ゾッとした。

 盗掘犯は一族の者なのか? 人間に爆裂波を使って負傷させたら、大罪じゃないか!

 バルデス社長は人を遣って患者を大きな病院に移すと診療所に連絡して来たが、まだ救急車は来なかった。ギャラガは哀しい気持ちで患者を見ていた。脳をやられたら、指導師でも治せない。この男は助からない。犯人の手がかりも聞き出せない。
 診療所の外はもう暗くなっていた。丸一日無駄に過ごした。少佐に連絡を取って撤退しよう、と思った時、携帯にメールが入った。見ると、アスル先輩からだった。

ーー2200頃にそっちへ行く。場所は未定。

 空間通路を使って来るのだ、とわかった。ギャラガは返信した。

ーー被害者は頭部に爆裂波を食らっています。回復不可能。

 1分後にまた返事が来た。

ーー俺が行くまで生かしておけ。

 警備員の過去を見るつもりなのだ。ギャラガはベッドを見た。この警備員には家族がいるだろう。可哀想に、1人でこんなところで、こんな死に方をするのか。
 盗掘者への怒りが沸々と湧いてきた。ギャラガは時計を見て、アスルが来る迄まだ2、3時間あると判断すると、病室を出た。取り敢えず病室の入り口に結界のカーテンを張った。普通の人間は出入り出来るが、一族の者は通れない。通ろうとすればギャラガに察知されるし、無理に破ればそいつの脳にダメージを与える。
 ギャラガは夕食が取れる店を探しに、デランテロ・オクタカスの町へ出て行った。


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第11部  紅い水晶     19

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