2022/08/09

第8部 贈り物     18

  マハルダ・デネロス少尉はケツァル少佐のコンドミニアムへ行った。少佐が、家政婦に夕食のキャンセルを連絡するには時間が遅いと言い、代理で彼女に食べて欲しいと頼んだのだ。勿論家政婦のカーラには少佐から連絡を入れてくれていた。
 デネロスは嬉しかった。カーラの料理は天下一品だ。そして上官達に気兼ねなくゆっくりと食べることが出来る。
 テーブルに着いた直後にテオドール・アルストが帰宅した。彼も夕食は少佐のダイニングで取るから、着替えてやって来た。

「少佐でなくて申し訳ありません。」

と彼女が笑って言うと、テオも苦笑した。

「別に君が役不足ってことじゃないさ。ただ食べる量が彼女と君では違う・・・」

 ケツァル少佐はあの細い体のどこに入るのか?と不思議に思うほどの大飯食らいだ。超能力が大きい分、食べる量も多い。尤も普段事務仕事しかしない日は普通の人と同じだ。マハルダ・デネロスの前には、普通より少し多めの料理が盛り付けられていた。

「カーラ、残りは全部持って帰ってくれ。」

とテオが声をかけた。カーラが笑いながら言い返した。

「朝ごはんの分は残して行きますよ。」
「その通りですね。」

 デネロスも笑った。彼女は官舎へ持ち帰るパンを素早く包んでいた。官舎の厨房班の食事は不味くないが、質素だ。外の食事に馴染んでしまった舌には味気なく感じるのだった。
 テオはカーラが階下でタクシーに乗るのを見送ってから、部屋に戻った。デネロスは制限時間いっぱい居座るつもりらしく、テレビをつけてのんびり夕食を食べていた。

「君は捜査に出ないのか?」
「出ますけど・・・」

 デネロスは肩をすくめた。

「ムリリョ博士の担当なんです。博士を捕まえるのに、夜は良くありません。博士はミイラとの時間を邪魔されるのがお嫌いなんです。」

 考古学博士ファルゴ・デ・ムリリョは、ミイラ研究の第一人者だ。昼夜問わずミイラの保管庫で装飾品やミイラの生前の健康状態などを調べている。ミイラになった人々が生きていた時代のセルバの社会状況を研究しているのだ。特に夜間は電話などの邪魔が入らないので、保管庫に寝泊まりして調査に没頭していることが多かった。テオはミイラの判別で雇われた時のことを思い出して苦笑した。

「俺達もミイラの部屋へ博士を訪ねて行くのは、御免だな。」

 デネロスも笑った。彼女はミイラも幽霊も怖くないが、狭い部屋に詰め込まれている沢山のミイラに囲まれるのは好きでなかった。

「でも、一族の人がアーバル・スァット様の力について勉強したいと思ったら、博士よりケサダ教授の方が近づき易いと思うんですよね。」

と彼女は言った。テオも同意した。ムリリョ博士は同族の人間でも滅多に面会に応じないし、高齢にも関わらず出張が多い。所在をつかむのが難しい人だ。それに反して彼の弟子で娘婿のケサダ教授は発掘に出かける以外は、大概グラダ大学にいる。優しくて気さくで親切な先生として学生達に慕われているし、学術的な話を求めてメディアなどが取材を求めて来ると大学は必ず彼を推薦する。

「それじゃ、先にケサダ教授に会ってみたらどうだい?」
「ノ、少佐の指示は博士が先です。博士の所在を掴むために教授にお会いするのは有りですけどね。」

とデネロスは舌を出した。教授は彼女の卒論の担当教官でもあったので、彼女にとっては恩師でもある。優しい先生だが、考古学関係の話を聞きに行く時は、今でもちょっと緊張するのだった。

「ところで、どうでも良い話だが・・・」

とテオはちょっと話題の方向を変えた。

「あの神像をアーバル・スァット様と呼んだりネズミと呼んだりしているが、区別はあるのかい?」
「正式名称はアーバル・スァット様ですよ。ネズミと呼ぶのは、あの神様が悪霊になる時です。隠語で呼ぶのです。神様じゃなくてただの石像だと一般人に思わせたいのです。」
「悪霊化している時に、真の名前を呼んで威力を増してしまっては困るって言うのもあるかい?」
「神様の真の名前なんて、私達が知る筈ないじゃないですか。アーバル・スァット様の真の名前なんて誰も知りません。」

 デネロスはビールをゴクゴク飲んでから、テオに言った。

「ところで、官舎まで送っていただけます?」


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