2022/08/19

第8部 探索      1

  テオドール・アルストがグラダ大学に出勤すると、マハルダ・デネロス少尉も来ていた。彼女はすぐに考古学部へ行きたかったのだが、男子学生達が美人を放置しておく筈がなく、早速何人かに声をかけられ、なかなか前へ進めずに困っていた。

「ナンパしていないで、勉強なさい!」

 彼女が緑の鳥の徽章を出して見せる迄、若者達のアタックは続いた。テオは彼女を援護してやりたかったが、見当違いの噂が流れても困るので、近くを通りながら軽く、

「ブエノス・ディアス、デネロス少尉!」

と声をかけた。デネロスはすかさずその救いの手に縋りついた。

「ブエノス・ディアス、ドクトル・アルスト!」

 彼女は学生達を振り切って彼に駆け寄った。

「今朝は考古学部の先生達にお会いになりましたか?」
「ノ、まだ来たばかりだから、誰にも会っていない。」

 テオは理系学舎に向かって歩いていた。デネロスは方向違いでもついて来た。

「ムリリョ博士が来られていると言うことは・・・?」
「予想がつかないなぁ。」

 テオもわかりきったことを喋り続けた。

「業務関連で面会を希望かい?」
「スィ、出来れば大至急お会いしたいのですけどぉ・・・」

 建物の中に入って学生達をまいてから、2人は立ち止まった。テオは携帯を出して、ムリリョ博士の番号にかけてみた。しかし博士はいつもの如く彼の電話には出てくれなかった。5分程粘ってから、テオは一旦切って、次にケサダ教授の番号にかけてみた。

ーーケサダ・・・

 聞き慣れた穏やかな教授の声が聞こえた。テオは急いで名乗った。

「テオドール・アルストです。今日は大学に来られますか?」

 すると思いがけない返答が聞こえた。

ーー今、病院にいます。コディアが出産するので・・・
「あっ!」

としか言いようがなかった。ケサダ教授の愛妻コディア・シメネスが5人目の赤ちゃんを孕っていることは知っていた。まだ予定日は先だな、と思っていたのだが、早く産気づいた様だ。

「出産がご無事に済むことをお祈りしています。」
ーーグラシャス。 ところで何用ですか?

 尋ねられて冷や汗が出た。

「あ、ムリリョ博士に面会を取り付けたくて・・・俺ではなくデネロス少尉が博士に用があるのです。」

 ムリリョ博士はコディア・シメネスの父親だが、娘の出産に立ち会うとは想像出来なかった。ケサダ教授は親切だ。

ーー博士に伝えておきます。デネロスの電話にかけて貰えば良いのですね?
「スィ、グラシャス!」

 ムリリョ家は伝統を重んじる家系だが、自宅や部族の出産のしきたりに従った施設ではなく、病院で産むのだな、とテオはぼんやりと思った。
 デネロスがテオを見つめていた。

「教授の奥様が出産ですか?」
「スィ、予定日より早いよう気がするが・・・」

 デネロスも指を折って数えてみた。

「一月早いと思います。コディアさんは産んでしまうのですね?」

 予定日迄安静にしているのではなさそうだ。もしかすると危険な状態なのだろうか。テオとデネロスは不安を覚えた。

「マスケゴ族も病院で出産するのが普通なのかな?」

 デネロスが苦笑した。

「勿論です。伝統的な産屋を使うのは田舎の人ですよ。それにグラダ大学附属病院の産科には一族の医者がいますから、出産に伴う儀式なども行います。」

 この国の最先端医療を誇る大学病院で、出産の儀式か、とテオはちょっと驚いた。だが”ヴェルデ・シエロ”の親達には重要なのだ。

「アリアナも出産の時は儀式を行うのかな?」
「当然です。」

とデネロスは微笑みながら答えた。

「ロペスの家系はブーカ族の重鎮ですから、必ず行います。そしてシーロの血を引く子供を産むことで、アリアナは白人であっても一族の一員として正式に迎え入れられるのですよ。」

 その時、デネロスの携帯電話が振動して、彼女は慌ててポケットから電話を取り出した。非通知だが、彼女は相手が誰だか想像出来た。

「ワッ! きっと博士からですぅ・・・」

 緊張しながら彼女は通話ボタンを押した。そして相手の声を暫く聞いてから、「わかりました、グラシャス!」とだけ言って電話を終えた。
 テオを見て、彼女は告げた。

「1200に考古学部の博士の研究室へ来るようにと言われました。ドクトルも一緒に来て下さい。」
「え? 俺も行って良いの?」
「ご指名です。」

 それって、めっちゃ緊張ものじゃん、とテオは内心思った。

 

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