2022/08/21

第8部 探索      2

  12時になると、学生達も職員達もキャンパス内のカフェや学外の食堂へ向かって移動する。テオは考古学部へ向かった。午前中どこかで時間を潰していたマハルダ・デネロス少尉と建物の入り口で出会った。考古学部は特に変わった場所ではない。博物館のように遺跡からの出土物やミイラが廊下に並んでいるなんてこともない。ファルゴ・デ・ムリリョ博士の研究室はケサダ教授の部屋の隣だった。ドアには「主任教授」と書かれているだけで、博士の名前はなかった。テオがノックするとドアが勝手に開いた。こんな些細なことで能力を使うなんて博士らしくないと思いつつ、テオとデネロスは挨拶をしながら中に入った。
 ムリリョ博士は机に向かって何やら書類仕事をしており、2人が入室しても振り返らなかった。デネロスが声をかけた。

「面会許可、有り難うございます。」

 博士は黙ってゆっくり椅子を回転させ、振り返った。テオはいきなり話題に入ると礼儀がどうのと言われそうな気がしたので、デネロスに任せることにした。ムリリョ博士は2人のどちらが主導権を持つのか見極めようとしているのだ、と思った。

「ピソム・カッカァからアーバル・スァットの神像が盗み出され、昨日それが建設大臣マリオ・イグレシアスの所へ送られて来ました。」

 デネロスは彼女が知っていることを喋り出した。

「幸い私設秘書のセニョール・シショカがその箱を受け取り、中の異様な気配を知って検めました。彼は神像を見て、大統領警護隊文化保護担当部に連絡して来ました。文化保護担当部は現在、盗掘者と大臣に神像を送りつけた人物を特定するために捜査に取り掛かっております。」

 するとムリリョ博士がジロリとテオを見て、それから視線をデネロスに戻した。

「アーバル・スァットは今どこにある?」
「建設省のセニョール・シショカの部屋だそうです。」

 博士は小さく頷いた。シショカは彼の配下ではないが、同業者で同族だ。信頼を置ける男なのだろう。博士は窓の外を見た。庭の植え込みが見えるだけだ。

「数日前から少し気が乱れていた。だから妊婦が不安定になる。この2、3日は出産が増えるだろう。」

 え? とテオは驚いた。あのネズミの神様は子供の誕生にも影響を及ぼすのか? コディア・シメネスが一月早く産気づいたのも、そのせいなのか? だがここで個人的な話を持ち出すのは拙いとテオは知っていた。ムリリョ博士は公私をはっきり分けて考える。
 デネロスが面会の目的を出した。

「博士にお尋ねします。ここ最近、古い呪術のことを調べている人はいませんでしたか? 一族の者でも”ティエラ”でも構いません、古代の神像と呪術の関係を研究している人をご存知ないでしょうか? 恐らくウリベ教授が研究されている民間信仰よりずっと古い時代のものを、調べていた人間がいる筈です。」

 すると博士はちょっと考えた。真剣に捜査に協力してくれているんだ、とテオは別のところで感動を覚えた。

「呪術は儂の分野ではない。」

と博士は言った。

「しかし博物館の学芸員の中に呪術研究をしている者がいる。彼女に訊くと良い。」

 その人の名前は、と尋ねる前に博士はクルリと椅子を回転させて机に向き直った。テオがデネロスを見ると、彼女はそれ以上質問してはいけないと思ったのか、「グラシャス」と声をかけた。それで、テオは博士の背中に声をかけてみた。

「コディアさんの出産が無事に済むことを祈っています。」

 デネロスはさっさと部屋から出て行った。長居無用と言わんばかりだ。テオも博士の返事を期待していなかったので、「グラシャス」と囁いて出ようとした。博士が呟いた。

「男の子だ。フィデルは後継者を作りおった。」

 半分だけのグラダ族の男、しかし純血種の”ヴェルデ・シエロ”が生まれたのだ。テオは

「おめでとうございます。」

と挨拶して、部屋から出た。微かだが、興奮していた。

0 件のコメント:

第11部  紅い水晶     19

  2台目の大統領警護隊のロゴ入りジープがトーレス邸の前に到着した時、既に救急車が1台門前に停まっていた。クレト・リベロ少尉とアブリル・サフラ少尉がジープから降り立った。2人は遊撃班の隊員で、勿論大統領警護隊のエリートだ。サフラ少尉が一般にガイガーカウンターと呼ばれる放射線計測器...