2022/08/26

第8部 探索      6

  マハルダ・デネロス少尉は上官の許可を求めなかったが、ケツァル少佐の携帯に留守電を入れておいた。テオと一緒にデランテロ・オクタカス郊外のぺグムと言う集落に行くと言う内容だった。それから空軍の知人に電話をかけ、本日中にデランテロ・オクタカスへ飛ぶ便はないかと尋ねた。電話を切ると彼女はテオを振り返った。

「半時間後に飛び立つそうです。飛行場へ急いで!」

 予定時間通りに飛び立つことは滅多にないセルバの航空業界だが、空軍がそうとは限らない。グラダ・シティ国際空港の端っこにある空軍用スペースにテオの車が滑り込んだのは25分後だった。ドアをロックして2人は走った。兵士ではなく物資を運ぶ小型輸送機に無理矢理乗り込む形だ。定員オーバーではないか、と心配したが、荷物は軽そうだった。
 乗員はテオ達に何をしに行くのかと訊かなかった。大統領警護隊が乗せろと言うのだから乗せる、それだけだ。
 小さな輸送機はガタピシ言いながらグラダ・シティ国際空港を飛び立った。空軍なのだから、もっとマシな飛行機を買って貰えば良いのに、とテオは思ったが、黙っていた。オルガ・グランデへ行く空路より気流の乱れが少ないと言っても、深い緑の密林の上を飛んで行く。もし墜落したら、救助が来るのに時間がかかりそうな土地の上を通過した。
 テオとデネロスは沈黙したまま、座席に座っていた。狭い空間で、動き回るスペースもあまりない。パイロットも副操縦士も殆ど喋らなかった。やがてガタガタの滑走路に着陸して、飛行機が停止した時、全員がホーッと大きく息を吐いた。
 テオとデネロスは乗員に礼を告げて、空港を離れた。出口でペグム村へ行く道を訊くと、意外にも乗合タクシーを教えてくれた。オクタカス遺跡へ何度か監視業務に出かけていたデネロス少尉だが、近隣の村々へタクシーで行けるなんて知らなかったらしく、ちょっと驚いていた。
 タクシーと言っても小型トラックを改造した車で、荷台に屋根が載っけてあり、ベンチが備え付けてあるだけのものだ。窓ガラスは前半分だけで、後は風通しがやたらと良かった。乗客は全部で7人、デランテロ・オクタカスで野菜を売った女性達が自宅へ帰るところで、朝は野菜を入れて来たであろう大きな籠に、帰りは日用雑貨を購入して詰め込んでいた。自宅用ではなく村で売るのだろうと見当がついた。
 デネロスがオスタカン族の住民のことを尋ねると、彼女達は即答で教えてくれた。テオは地方訛りがきつい彼女達の言葉を7割程しか聞き取れなかったが、デネロスはちゃんと理解出来たらしく、表情が穏やかになって、グラシャスを繰り返した。
 ペグム村は、予想したより綺麗なところだった。森が開かれていて、木造の民家が未舗装のメインストリートに沿って並んでいる。少し床を地面から上げて離してあるのは虫などを避ける為だろう。どの家も2、3段の階段を上がって家に入る。家の前では女性達がお喋りしながら屋外キッチンで夕食の支度をしていた。男性達は日中の仕事が再開される時間なので、民家の裏手で働いている様だ。
 乗合バスを降りた女性達は1軒の家を目指して歩いて行った。そこが村で唯一の商店で、食料品から日用雑貨、衣類などを販売していた。彼女達は野菜を売ったお金で仕入れた雑貨をその店に卸し、またお金を受け取って帰って行った。
 テオとデネロスはその店の主人が仕入れた品物を店頭に並べるのを眺めていた。やがてデネロスが声をかけた。

「ブエノス・タルデス! 貴方がセニョール・サラスですか?」

 主人が顔を向けた。よく日焼けしたメスティーソの男性で、60は過ぎているだろうか。商店主らしい人当たりの良さそうな顔で頷いた。

「スィ、儂がサラスです。何か?」

 他所者への警戒がなかった。綺麗な村だから、訪問者が多いのだろう。それにこの村は、オクタカス遺跡の側のオクタカス村への通過点だ。流通の途中の村なのだ。
 デネロスが徽章を出した。サラスは手の埃を払い、店の中の椅子を指差した。

「遺跡の監視ですか? あちらで休まれませんか? お茶を出しますよ。」


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第11部  紅い水晶     19

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