遺跡に近い土地の人々は大統領警護隊と言えば遺跡の監視、と思うのだろう。テオとデネロス少尉は心の中で苦笑しながら、サラス氏が案内するまま、ごちゃごちゃした雑貨店の中の木製ベンチに座った。多分近所の人の社交場なのだろう、古いスタンド式吸い殻入れや、カップがいくつか積み重ねられた小さなテーブルが両脇に置かれていた。サラス氏が何か飲みますかと訊いたので、水をもらった。
「大統領警護隊文化保護担当部のデネロス少尉と、グラダ大学准教授のドクトル・アルストです。」
デネロスは簡単な自己紹介をした。テオの肩書きを言わなかったのは、言う必要がないと判断したからで、相手は考古学の先生ぐらいに思うだろう。果たして、サラス氏は突っ込まなかった。デネロスはすぐに要件に入った。
「ピソム・カッカァ遺跡に祀られていた神像が盗難に遭ったことをご存じですか?」
サラス氏の顔が曇った。
「スィ。憂うべきことです。これで2回目ですから。」
「どんな神様かご存知ですか?」
「スィ。小さな動物の形の神様です。先祖から聞いた話では、雨を降らせるジャガー神だと言うことですが、雨の神様を盗むなんて、どう言う了見なんだか・・・」
雑貨店主はテオを見て、尋ねた。
「外国ではあんな古い物を高い値段で買う人がいるそうですね。」
「罰当たりですけどね。」
とテオは頷いた。
「神様を敬うことを知らない人間がいるんです。キリスト教の神様の像でも盗まれますからね。」
「そんな奴らはジャガーに食われてしまえば良いんだ。」
サラス氏はそう呟いてから、デネロスの視線に気がつき、手を振った。
「ノノ、そんな恐ろしいことを私は願いません。」
大統領警護隊が”ヴェルデ・シエロ”と深い繋がりがあると知っているのだ。うっかりしたことを口走って、本当にジャガーが暴れると困ると心配していた。
「アーバル・スァット様が怒るとどうなるか、ご存知ですか?」
デネロスの問いに、彼は小さく頷いた。
「命を吸い取られます。ジャガーに魂を食われてしまうんですよ。」
「どんな失礼をすれば神様は怒るのでしょう?」
「それは・・・」
サラス氏の躊躇いは答えを知っている証拠だ。デネロスはそれ以上訊かずに、別の質問をした。
「同じ質問をした人が最近いませんでしたか?」
サラス氏は暫く黙っていた。そして悲しそうに言った。
「記憶にないんです。」
「え?」
「誰かに何かを喋ったと言う記憶はあるのですが、何を喋ったのか覚えていないんです。」
”操心”にかけられたとサラス氏は言っているのだ、とテオは気がついた。デネロスを見ると、彼女も同じ考えに至っている様子だった。彼女は質問を変えた。
「それはいつ頃のことでしょうか?」
「2月程前です。」
サラス氏はデネロス少尉を見つめた。
「貴女は大統領警護隊ですよね?」
「スィ。今、アーバル・スァット様の盗難事件を調査中です。」
「私の体験は私のこれからの人生や家族に何か悪いことを呼び込むのでしょうか?」
デネロスはメスティーソだ。それに若い女性だから、時々大統領警護隊としての彼女の能力を疑う人がいる。サラス氏も彼女に助けを求めようとはしなかった。それにデネロスは、純血で強い力を持った隊員がどんなに手を尽くしても”操心”で消された記憶が戻らないことを知っていた。だから助けを求められないことに気を悪くしたりしなかった。彼女は彼の質問に優しく答えた。
「貴方の記憶を消した人間は、もう貴方を煩わせることをしません。大丈夫です、貴方はその人を見ても既に見分けられないし、相手も貴方をどうにかしようなんて考えていない筈です。」
テオにはいかにもセルバ的にのんびりした考えだと思えたが、サラス氏はそれで納得した。
「そうなんですね! 盗難事件で警備員が重傷を負わされたと聞いたので、私にも何か災いがあるかも知れないと不安でした。」
デネロスは首を振って、災いはない、と表現した。そして最後の質問をした。
「アーバル・スァット様はどんな時にお怒りになられますか?」
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