「その修道女はアーバル・スァットに興味を持ったと思いますか?」
「どうでしょう・・・」
アバスカルは首を傾げた。
「病気平癒の神様ではありませんし、とても古くて観光客も素通りしてしまうような小さな神像です。雨を降らせる力があるとも思えませんし・・・」
学芸員にはそう見えるのだろう。それに神像に力があるなら、現代でも近隣の先住民などがお供えをしたりして崇拝しているのではないか。無造作に神殿の棚に置かれていただけだから、ロザナ・ロハスは盗めたのだ。
「アーバル・スァットを盗んだと言われている女性のことですが・・・」
テオが女性犯罪者のことに触れかけると、アバスカルは肩をすくめた。
「あの麻薬業者ですか? あんな人はここへ来ないでしょう。ここには監視カメラがありますから、例え遊びに来るだけだとしても、映りたくないと思いますよ。」
彼女は部屋の隅の天井に設置されているカメラを指差した。テオが見たところ、休憩スペースのカメラはそれ1台だけで、部屋の出入り口を撮影しているように見えた。
デネロスが、修道女が来たのはいつ頃でしたか、と尋ねた。アバスカルはブログの日付を見て、5年前の月日を言った。ロザナ・ロハスがアーバル・スァットを盗掘する半年程前だった。
「その人はそれっきり来なかったのですね?」
「来ませんでした。」
「他に呪術や願い事を叶えてくれる神様について質問した人はいませんでしたか?」
「博物館でそんな質問をする人はあまりいませんわ。大概は祭祀の方法や占星術の技術や、農耕と狩猟の関係などを調べている人が多いです。考えてもみて下さい、私たちが古代の呪術について遺跡から何を知ることが出来ます?」
確かに、考古学は出土品を見て、それが何に使われていたのか、どう使われていたのか、誰が使っていたのか、考える学問だ。呪術の内容まで判明したりしない。
アバスカルは修道女の名前を覚えていなかったし、どこの修道院かも聞いていなかった。
テオとデネロスは彼女に礼を告げて、博物館を出た。
車に乗り込むと、デネロスは考え込んだ。
「民間のシャーマンがセルバ共和国に何人いると思います?」
「数えた人はいないと思うが・・・」
テオは絞り込む方法を思いついた。確実ではないが、ないよりマシな案だ。
「ピソム・カッカァ遺跡周辺のシャーマンや呪術師を当たった方が良くないか? アーバル・スァットの呪いを知っているのは、オスタカン族だと思うが・・・」
「オスタカン族はアケチャ族に同化されて、殆ど残っていません。少なくとも純血のオスタカン族なんて・・・」
そこでデネロスは何かに思い当たり、電話を取り出したので、テオは車のエンジンをかけずに待った。デネロスがかけたのは、ウリベ教授だった。結局、あの福よかな人懐っこい教授に頼ることになるのか、とテオは思った。
ウリベ教授はお昼寝の最中だったのか、電話に出ても少しばかりはっきり聞き取れない喋り方だった。デネロスは彼女のシエスタを邪魔したことを謝罪し、それからオスタカン族の伝承に詳しい人を教えて欲しいと頼んだ。
ーーオスタカン族? 何だか懐かしい言葉ねぇ。
といつも陽気なウリベ教授が答えた。
ーーあの部族はとても古くて、人口も少なくなっているから、殆ど伝承も残っていないのよ。だからシャーマンと言うより、土地の古老に昔話を聞けたら幸運と言うことです。
まだ生きているかどうか知らないが、と前置きして、教授はデネロスに3つばかり名前を告げた。テオはそれを素早く自分の携帯にメモした。住所は具体的に覚えていなかったが、住んでいた村は知っていると教授はデランテロ・オクタカス近郊の集落の名前を一つだけ言った。
ーーそこにオスタカン族の末裔が住んでいるわ。目で見てもわからないけどね。言葉もアケチャ語とスペイン語だけです。
「グラシャス、先生! 恩に着ます!」
大袈裟ね、と笑ってウリベ教授との通話は切れた。
デネロスが振り返ったので、テオは腹を決めた。
「デランテロ・オクタカスへ行くか・・・」
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