雑貨店からテオとデネロス少尉が通りに出ると、夕暮れだった。空間通路でも探さなければグラダ・シティに当日中に帰ることは出来ない。宿を探すか、とテオが提案した時、背後から「ドクトル! デネロス少尉!」と声をかけられた。振り返るとアスルとギャラガ少尉が立っていた。デネロスが上官であるアスルに敬礼で挨拶した。目を見合ったので、互いに捜査状況を報告し合ったのだろう、とテオは想像した。アスルが背後の一軒の民家らしき建物を指した。
「俺達はあそこに部屋を取った。あんたらも取ると良い。今夜は部屋が空いているそうだ。」
「ホテルなのか?」
「そんなもんだ。」
看板を出していないのに、と思ったが、入口の上に小さく「ホセの宿」と書かれた板が打ち付けられていた。テオが入ると、普通の家のリビングの様な部屋で、若い男が古いソファに座ってテレビを見ていた。ドアに付けられたベルがカラコロと鳴り、彼は振り向いた。テオは声をかけた。
「男1人女1人、2部屋欲しい。」
男は部屋の端の階段を指差した。
「2階だ。好きな部屋を選んでくれ。但し、2部屋は先客がいる。」
テオは室内を見回した。どう見ても普通の家だ。料金表もフロントもない。
「料金は前払いで良いか?」
「スィ。」
ギャラガから聞いた料金を支払い、鍵をもらった。どうやらどの部屋も同じ鍵の様だ。デネロスと2階へ上がるとドアが5つあり、取り敢えず無施錠の部屋を見つけてそれぞれ中に入った。毛布1枚と枕が一つ置かれた粗末なベッドだけの部屋だった。荷物らしい物を持って来なかったので、テオはそれだけ確認して廊下に出た。デネロスは大統領警護隊が野外活動する時に持ち歩くリュックを持っていたので、それを部屋に置いて来た。他人が触れるとビリビリと来る「呪い」をかけてある、と彼女は言った。盗難防止策だ。そんな能力なら俺も欲しい、とテオは思った。
宿から出て、少し歩くとアスルとギャラガが見つけた食堂に入った。殺風景な室内装飾の店だが、客はそこそこ入っていて、他所者が来ても珍しくないのかチラリと見られた程度だった。豆の煮込みや鶏肉の焼いたのを食べて、4人は満腹になった。どこかでアスル達が調べたことを聞きたいなぁとテオが思っていると、テーブルに近づいて来た老人がいた。地元の人だ。
「大統領警護隊の方ですな?」
彼はアスルに話しかけた。純血種はアスルだけだから、庶民は彼が隊員だとわかっても、メスティーソのデネロスやギャラガも仲間だとは考えが及ばないのだ。アスルは頷いて見せた。彼は部下達を手で指した。
「この2人は少尉で、私は中尉です。何か用ですか?」
老人は食堂内の他の客を振り返った。テオは全員がこちらを見ていることに気が付き、驚いた。彼等はこの村の住人なのだろう。老人が代表を買って出たのか、それとも長老として役目を担ったのか。老人が低い声で囁いた。
「アーバル・スァット様を盗んだのは若い男女です。インディヘナでした。儂等にはわかりませんが・・・」
彼が「わからない」と言ったのは、その男女の泥棒が”ヴェルデ・シエロ”なのか”ヴェルデ・ティエラ”なのか区別出来ないと言う意味だ。アスルが頷いた。
「グラシャス、泥棒は我々が探す。」
「グラシャス。」
食堂内の人々が口々に「グラシャス」と言った。だから、アスルは言った。
「アーバル・スァットはグラダ・シティで見つけた。泥棒を見つける迄安全な場所に保管している。だから、災いが降りかかることはない。」
今度の「グラシャス」はもっと大きく、喜びの響きが混ざっていた。
「前回の盗難の時は、毎日天候が不安定で雨季でもないのに雨が多くて困りました。今回はまだ何も起こっていませんが、遺跡で警備員が殺害されたと聞いて、この辺りの住民はみんな不安でならないのです。」
「警備員は死んでいない。」
アスルは彼等を安心させるためにそう言ったが、重体の怪我人は2度と目覚めないだろう。住民達は安心して互いに肩を叩き合ったり、乾杯をした。テオ達にもビールが振る舞われた。アスルが食堂内の人々に声をかけた。
「それで? その男女はどんな人間だった?」
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