2022/08/31

第8部 探索      9

  時間は半日前に戻る。

 ケツァル少佐とカルロ・ステファン大尉は東セルバ州立刑務所にいた。州立と言うが、セルバ共和国で重犯罪で捕まった凶悪者の殆どが収監されている刑務所だ。オルガ・グランデにある西セルバ州立刑務所がどちらかと言えば軽犯罪者が多いことを考えると、裁判所は東西で囚人の罪の重さを分けているのかも知れない。セルバ共和国の法律では死刑はまだ存在する。どんな方法かは裁判で決められるが、一般的には絞首刑だ。銃殺は軍法会議で死刑が決まった場合で軍人にしか行われないことになっている。それ以外の方法は行わないのが建前だが、都市伝説では、「”ヴェルデ・シエロ”を怒らせるとワニの池に生きたまま放り込まれる」と言うのがある。州立刑務所にワニは飼っていないし、池もない。ただ、塀の外を濠が囲んでいる。植民地時代の要塞跡だったので、その名残だ。立地は海のそばで、濠は海水を引いており、時々サメが泳いでいるのが見えると、看守達が入所する際に囚人を脅す。真偽の程は定かでない。
 ロザナ・ロハスは東セルバ州立刑務所の重犯罪者棟に収監されていた。女性用の区画だ。刑期は96年。恐らく生きて出られない。模範囚でもせいぜい10年減らしてもらえるだけだろうし、満了する頃に彼女は100歳を超えている。
 セルバ共和国の刑務所は賄賂が利かないことで犯罪者の間で有名だ。刑務官達は大統領警護隊の司令部から任官されて来る所長を恐れている。所長は暴君ではないが、大統領警護隊隊員だ。刑務官や囚人の不正をすぐ見破る。歴代の所長がそうだったから、現在の所長も同じだった。例えその所長がメスティーソであっても。
 大統領警護隊同士だからと言って、面会者に優遇はなかった。ケツァル少佐はロザナ・ロハスへの面会を申し込み、許可が出る迄午前中いっぱい待たされた。刑務所所長は多忙なのだった。刑務所の近くの刑務官達が利用する食堂で朝から昼まで、少佐とステファン大尉は待っていた。2人共私服姿だったが、雰囲気で軍人だとわかるのだろう、店の従業員は時々コーヒーのお代わりは要り用かと聞きに来るだけで、テーブルに近づかなかった。
 少佐の携帯には部下達からのメールが送られてきた。
 マハルダ・デネロス少尉はテオドール・アルストと共にムリリョ博士に面会し、博物館の学芸員に話を聞くと書いていた。
 アスルはアンドレ・ギャラガ少尉と共にピソム・カッカァ遺跡へ行った。デランテロ・オクタカスの病院を発ったのが夜明け前で、日が昇った後でアスルは盗掘現場から「過去」へ跳んでみた。微妙な時差で盗掘者を目撃することは出来なかったが、犯人の匂いは嗅いだ。「次に出会えば、嗅ぎ分けられます。」と彼は書いていた。
 ギャラガは捜査状況の報告を先輩に任せて、彼自身は盗掘者に瀕死状態にされた警備員を気遣う内容を送って来た。爆裂波でやられた人間の脳を治療出来ないのでしょうか、と彼は疑問文を書いていたが、答えは期待していない筈だ。
 ロホは簡潔に報告を送って来た。「異常なし」と。
 ステファン大尉は己の携帯に何もメールが入って来ないことを悲しげに眺めていた。メールボックスは空だ。大統領警護隊遊撃班は彼に「戻ってこい」と言ってくれない。これは首都が今の所平和だと言う証拠でもあるのだが、彼は寂しかった。遊撃班に戻れば、彼は副指揮官で、班員達は部下だ。しかし文化保護担当部では、彼はタダの助っ人で、指揮官は彼を昔の様に部下扱いするし、弟だと「見下して」いる。彼女と一緒に仕事が出来るのは嬉しいのだが、姉は小言が多い。彼が苛ついても無視だ。

「面会は1人だけでしたね?」

 彼は刑務所の規則を思い浮かべた。子供時代はかっぱらいや万引き、喝上げ、掏摸と軽犯罪を繰り返していたが、捕まったことがなかったので、刑務所も少年院も縁がなかった。

「それに互いの目を見てはならない・・・」

 少佐が小さくあくびをした。

「私は待ちくたびれました。ロハスには貴方が面会しなさい。」
「え?」

 ステファンは驚いた。

「貴女は彼女に質問なさりたいのでしょう?」
「質問は一つだけです。いつ、誰からアーバル・スァットの力を教わったのか。」


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第11部  紅い水晶     19

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