2022/08/05

第8部 贈り物     13

 街中で捜査中の時、軍服を着るか私服で通すか、時々大統領警護隊文化保護担当部は頭を悩ませる。ケツァル少佐は港の探索に私服を選んだが、空港を歩き回ったロホは軍服だった。そして故買屋を回っていたアスルは私服だったが、彼の場合は既に故買屋連中に面が割れていたので 、軍服を着ていなくても何者か相手はわかっていた。
 建設省の庁舎前に最初に到着したのはロホだった。彼は暑い外気の中で人を待ちたくなかったので、建物の中に入った。文化・教育省と違って、こちらは立派な独立したビルだ。入り口正面奥の受付カウンターの斜め横にあるソファに座って、仲間の到着を待つと、彼の周囲から自然と人々が距離を空けた。胸の緑の鳥の徽章を見て、ヤバい相手だと思ったのだろう。ロホはアサルトライフルを持っていなかったが、拳銃は軍服着用時の規則で携行していた。受付の建設省職員は彼に何用かと尋ねたいのだが、声を掛けて良いものかと躊躇っていた。大統領警護隊の訪問など上司の誰からも聞かされていなかった。
 5分程して、ケツァル少佐とアスルが建物の前で出会ったのだろう、少佐と中尉の順で入って来たので、ロホは立ち上がった。3人が敬礼を交わし合うと、直ぐに周囲の人々は私服姿の学生に見える男女も軍人だと悟った。
 アスルが受付カウンターへ行った。職員がドキドキして応対すると、彼は囁いた。

「セニョール・シショカから呼ばれている。取り継ぎを頼む。」
「畏まりました。」

 職員は直ぐに内線電話で大臣の私設秘書の部屋に連絡を入れた。短い返事を聞き、それからアスルに顔を向けた。

「どうぞ、3階のエレベーターを出て左、2つ目のドアです。」
「グラシャス。」

 アスルは素早く視線をフロアに向け、エレベーターではなく階段を見つけた。そして上官2人に階段の方向を手で示した。軍人達が階段へ向かうのを見て、職員は同僚を振り返った。
 大統領警護隊がエレベーターを使わないと言うのは本当なのね。
と彼女が目で言うと、同僚は肩をすくめただけだった。通じたのかどうか、受付職員にはわからなかった。
 階段を上がって行く間、ケツァル少佐、ロホ、そしてアスルは無言だった。3人共空気を感じようと感覚を研ぎ澄ましていたが、怪しい気配はなかった。
 3階のフロアに着くと、アスルは廊下に残り、ケツァル少佐とロホが私設秘書のオフィスのドアをノックした。直ぐにシショカその人がドアを開けた。少佐が公務で来たことを示すために敬礼した。シショカは右手を左胸に当てて挨拶し、2人を中に招き入れた。
 シショカの部屋は特に変わった物はなかった。普通に大臣の個人秘書として、客の応対をするテーブルと椅子、書棚、パソコンやファックスなどのI T機器、そして彼自身のデスクがあるだけだ。そして来客用のテーブルの上に段ボール箱が置かれていた。セルバ共和国の郵便のシールが数枚貼られているが、ケツァル少佐もロホもそれらが偽造荷札だと一眼で分かった。箱から微かに光が放たれているが、恐らく”ヴェルデ・シエロ”でなければ見ることは出来ない。シショカは電話で「不穏な気配」と言ったが、少佐にはそんな感じはしなかった。
 ロホが言った。

「中を確認しないとわかりませんが、この箱の中に入っていらっしゃる方は、セニョール・シショカが丁寧に取り扱わられたので、今のところご機嫌なご様子です。」

 シショカが気まずそうな顔をした。

「私が受け取った時は、運搬途中で揺さぶられたのだろう、かなりご機嫌斜めだった。」
「それでも運んできた人間は精一杯丁寧に扱ったのでしょう。」

 少佐が用心深く箱の上に手を翳した。ロホが上官の表情を伺った。少佐は数秒間目を閉じて考えていたが、やがて目を開くと断言した。

「間違いありません、アーバル・スァット様です。」

 ロホがホッと息を吐いた。「ネズミの神様」なら、一度対峙した経験があるから、扱い方がわかる。それに今はまだ神様は悪霊化していないので、ご機嫌さえ損なわなければ周囲に被害を出さずに済む。
 シショカが顔を顰めた。神様の名前など彼はどうでも良かった。問題なのは、情緒不安定で怒らせると非常に危険な神様が建設大臣宛てに送られてきた事実だ。

「何処の何の神様か知らないが、誰がここへ送りつけて来たのでしょうか。目的は漠然と察しがつくが・・・」

 

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