2022/08/06

第8部 贈り物     14

  マリオ・イグレシアス建設大臣は、所謂悪党ではないが、政治家の多くがそうであるように、知人友人、支持者に便宜を図ってきた。当然ながらそれによって恨みを買うことも少なくなかった。敵がいない政治家なんて、無能なだけだ、と言う人もいるくらいの国だ。イグレシアスは過去にも色々嫌がらせを受けてきたし、妨害も受けた。シショカは私設秘書としてそう言う問題を裏で処理する仕事をしているのだ。大抵の問題は彼1人で十分解決して来た。だが、今回はちょっと勝手が違った。

「過去にも色々毒物やら銃弾やら、脅しが目的の贈り物がありましたが、神様を送りつけられるとはね・・・どう対処すべきか、判断に迷っているのです。」
「そうでしょうね。」

 ケツァル少佐はロホを振り返った。箱を開くべきか、と目で問うた。ロホはちょっと考え、そして頷いた。神様の機嫌が悪い訳でないので、こちらが身構える必要はない。少佐は用心深く、丁寧に包装を解き始めた。シショカは遠ざかりはせず、さりとて間近で見る訳でもなく、己の机にもたれかかって少佐の作業を眺めていた。純血種の彼には、石の神像が発する霊気が見えている。もし霊気が悪意のあるものに変化したら、いつでも逃げ出せる心の準備はしている筈だった。
 箱を開くと、生成り色の綿に包まれた高さ30センチ程の物体が現れた。綿の周囲にぼろ布などを丸めて詰め込んで、運搬時の衝撃で神像が傷つかないよう、神様が機嫌を損ねないよう、用心がなされていた。神像の扱いに慣れた、あるいは知識を持っている人間の仕業だ。少佐もロホもシショカも同じことを考えていた。
 
 これは一族の者の仕業だ。

 少佐が綿を取り去ると、灰色の石で出来た神像が姿を現した。後ろ足で立ち上がり、前足を左右共に前へ突き出し、口を大きく開いて吠えている、そんな感じだが、長い歳月風雨に曝されてきたので、摩耗して丸い印象を与える。この神様を祀ったオスタカン族が神殿を放棄して去ってしまってから、神像は遺跡の中に放置されていたのだ。だがそんな扱いは神様を怒らせたりしなかった。アーバル・スァット様と呼ばれる神像は、静かに廃墟の中で余生を送っていたのだ。いつか大地に戻るだろうと眠っていたのだ。それがある日突然その眠りを妨げられて、神様は怒った。盗掘者や故買屋や、関係した人間に脅威の祟りを発揮した。人間の生気を吸い取り、衰弱させ死に至らしめた。
 ロホがシショカを振り返った。

「この神様はニトログリセリンみたいなお方です。丁寧に運べば眠ったままですが、乱暴に扱うと目を覚まされ、呪いの力を発揮されます。」
「すると・・・」

 シショカが何かを想像して身震いした。

「今、ここで地震が発生して、神像が床に落っこちたら、我々は祟られるのか?」
「可能性はあります。」

 少佐が静かに箱を持ち上げ、神像が入ったまま、床の上に移動させた。

「元来は、”ティエラ”の懇願に従って、”シエロ”の神官が聖域の岩から彫り出した神様です。普段は眠っておられますが、祈祷の時に頭から水を振りかけて目覚めて頂き、雨を降らせて頂くのです。決して祟り神ではありません。」

 シショカは床の上の神様に両手を額に当てるポーズで、神に対する崇拝の気持ちを表した。
 ロホが苦笑した。

「お怒りあそばされて荒魂が石から離れていれば、袋に捕まえて、神像は石として運べるのですが、今の様に眠っておられると、却って静かに運ぶのが難しいのです。」

 シショカは彼を見て、苦い顔をした。

「この部屋から運び出すのは難しいと言われるのか?」
「難しくありませんが、元の遺跡に戻す為に準備が必要です。それに、送り主が誰なのか、まだ何もわかっていません。」

 少佐がシショカを見た。

「箱を持って来たのは、郵便配達員だったのですか?」
「階下の受付係がそう言いましたが、犯人が一族の者なら”幻視”を使った可能性もあります。」

 シショカは溜め息をついた。

「気が進まないが、犯人が判明する迄、この神様をここへ隠しておいた方が良さそうですな。」


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