2022/08/04

第8部 贈り物     12

 ケツァル少佐はグラダ港にいた。空港をロホに捜査させ、彼女は船舶を一隻ずつ、倉庫を1棟ずつ、ネズミの神様の気配を探して見て回っていたのだ。荷物検査が厳しい航空機より船舶の方が、密輸品の運搬をしやすい。遺跡からの盗掘品の多くが船で国外に持ち出されることが多かった。船の積荷なら、神像に失礼がないように大袈裟な梱包をしても、重量制限やサイズ制限で引っかかる可能性が低い。石だから麻薬探知犬や爆発物探知犬も反応しない。
 少なくとも、アントニオ・バルデスが神像の盗難を知った時から今日までグラダから出港した船はまだいない。海が暴風のために荒れており、セルバ共和国や陸地は穏やかなのだが、海上は危険だと言うので船舶の航行は止められていた。

 だが、太平洋側から船を出されるとお手上げだ。

 太平洋岸のセルバ共和国の唯一の港ポルト・マロンは、バルデスが経営権を握っているアンゲルス鉱石を初めとするオルガ・グランデの鉱山会社が鉱石を積み出す港だ。石や土砂の積荷が多い。そこに神像が紛れ込んでも見つけ出せないが、そんな運び方をされたらあの恐ろしい神様は大激怒なさるだろう。それにバルデスが積荷のチェックを抜かりなく行っている筈だ。もし神像を見つけたら、大統領警護隊太平洋警備室に協力を求めるだろうから、ケツァル少佐は西側の守りをそちらへ任せていた。日頃は暇な太平洋警備室の隊員達が張り切って積荷の検査を行う様が想像出来た。
 マハルダ・デネロス少尉からシショカの電話の件で連絡があったのは、彼女が荷積み労働者達の溜まり場で、女性労働者達に混ざって少し早めの昼休みを取っていた時だった。彼女は口に入れたトルティージャを飲み込むまで電話を放っておいた。そしてデネロスからシショカの名前を聞いて、ちょっと不機嫌になった。内務大臣と建設大臣を務めるイグレシアス兄弟を連想させる人々は嫌いだった。シショカの人柄も好きではなかったが、何故白人の政治家の下で働いているのか、未だに理解出来ない。シショカ自身は純血至上主義者なのに。 
 たっぷり時間をかけて昼食を取ってから、彼女は溜まり場を出て、岸壁を歩いていった。そして周囲に誰もいないことを確かめてから、海を見ながら電話を取り出してかけた。

ーー少佐、お電話をお待ちしておりました。グラシャス。

 シショカが慇懃に挨拶した。少佐はすぐに要件に入った。

「どんな御用でしょう?」
ーー電話では申し上げにくいのです。通信会社に記録が残りますからな。

と言ってから、シショカは彼女を怒らせる前に素早く核心を語った。

ーー大臣宛に送られてきた贈り物から、不穏な気配がするのです。

 少佐はドキリとした。それって・・・

「中身は石ですか?」
ーースィ。重量があります。そして取り扱い注意と美術品のシールが貼られています。

 シショカは馬鹿ではない。一族の歴史にも詳しい。

ーー想像するに、どこかの遺跡からの出土品です。それもかなり霊力が強い石だ。
「送り主はわかりますか?」
ーー書かれている名前を調べましたが、実在する人間ではありませんでした。
「大臣宛てなのですね?」
ーースィ。

 バルデスが己の雇い主を呪殺した手口に似ている。
 少佐はシショカに言った。

「すぐにそちらへ参ります。建設省の庁舎ですね?」
ーースィ。今は私のオフィスに置いています。”ティエラ”には触らせたくないのでね。

 シショカが利口な男で良かった。少佐はちょっとだけ安堵した。電話を切ると、次にロホとアスルに向けてメールを送った。

ーー建設省に標的が届けられた疑いあり。すぐに向かうこと。

 数秒後に2人から「承知」と返信があった。ギャラガは盗難の捜査をさせておこう。ケツァル少佐は駐車場に向かって走った。

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