ロホが庁舎の外に出ると、駐車場でアスルが待っていた。
「俺も晩飯を食ってから出かける。」
と彼が言った。ロホは頷き、何処へ行く? と尋ねた。アスルは車を駐車出来る食堂の名前を挙げ、ロホは同意するとそれぞれ車に乗り込んだ。
店は車で5分とかからぬ場所にあり、まだ開店準備の最中の店内に大統領警護隊は強引に入った。店員はロホの制服を見て、黙ってテーブルの上にメニューを突き出した。アスルが尋ねた。
「今作れる料理で構わない。何が出来る?」
「チキンの焼いたの、マッシュポテト、野菜炒め・・・」
「それをもらおう。」
店員はメニューを下げて厨房へ行った。何かコックと遣り取りしていたが、結局肉を焼く匂いと音が漂って来たので、ロホもアスルも店に対する注意を払うことはなかった。
「今回の仕業は”ティエラ”だと思うか?」
とアスルが尋ねた。ロホは首を振った。
「単独犯だとしたら、盗むところから建設省へ届ける迄ずっと神像を手元に置いていたことになる。そんな度胸がある”ティエラ”がいたら、お目にかかりたい。」
あのアントニオ・バルデスでさえ、近づくのを恐れて、呪殺に成功したミカエル・アンゲルス社長の部屋に神像を放置していたのだ。盗み出したロザナ・ロハスも他人の手に神像を委ねた。彼等はアーバル・スァット様の扱い方を知っていても、そばに置く勇気がなかった。ロハスはさっさと高値で売却し、バルデスは大統領警護隊が来るのを密かに期待していた。
「一族の者が犯人だとすると、建設省の施策絡みの恨みか?」
「あるいは、イグレシアス個人に対する怨念だ。」
ネズミの神様の呪いは、特定の個人に向けられるのではない。神像の周辺にいる人々に影響を及ぼす。個人への恨みで神様の祟りを使われては、堪らない。
「当然のことだが、シショカのおっさんは大臣へ恨みを抱いていそうな人間を探しているんだろうな。」
「それも大車輪の仕事でな。」
「大臣に報告出来ない案件だ。」
「あのおっさん1人で調べるのか・・・ご苦労なことだ。」
ロホもアスルもシショカが嫌いだ。純血種の2人にシショカはちょっかいを出さないが、若造と見下しているのは確かだ。ロホはブーカ族で、アスルはオクターリャ族だ。マスケゴ族のシショカより能力が強いのだが、世間の裏の汚い部分を見てきたシショカは、その豊富な経験と知識で2人の若い軍人より優位に立っている気分なのだ。ロホもアスルもそれを敏感に雰囲気で感じ取っているので、大臣の私設秘書がケツァル少佐に近づく度に挑戦的な態度になってしまう。シショカは少佐に横恋慕しているイグレシアス大臣の使者を務めているだけなのだが。
「シショカは今でもカルロを見下しているのか?」
「カルロの血統を見下しているのさ。能力じゃ、もうカルロに勝てない。」
ロホは出会う度に親友の力が増していることを感じ取っていた。白人の血が混ざっていても、カルロ・ステファンは立派な”ヴェルデ・シエロ”、グラダ族の男だ。
「そう言えば、あのおっさん、アンドレには手を出さないな・・・」
「そう言えばそうだ・・・」
ロホとアスルは首を傾げた。アンドレ・ギャラガはステファンほどにも血統がはっきりしていない。それどころか、父親が今もって不明なのだ。見た目は白人に近いし、シショカが最も嫌う”出来損ない”の筈だ。しかし、文化・教育省に顔を出す時、シショカはいつもギャラガを完全に無視した。同じメスティーソのデネロスには時々軽蔑するような視線を向けるのに、ギャラガは見ようともしない。
「怖いんじゃないか?」
とアスルが呟いた。ロホがびっくりして彼を見た。
「シショカがアンドレを怖がっているって?」
「スィ。アンドレの能力は俺達でさえまだ把握しきれていない。あいつは日々成長しているからな。シショカはあいつが見る度に変化しているのを感じるんだろう。カルロの成長と違って、アンドレはどんな方向へ行くのかわからない。だからおっさんはあいつが怖いんだ。」
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