ステファン大尉が手元の書類の山を4分の1ほど片付けた時、奥の部屋のドアが開いて、ケツァル少佐と部下達が出て来た。各自自分の机の前に座り、何やら報告書に取り掛かった様子だ。ステファンがデネロスの動きを見ていると、横にケツァル少佐が立った。彼は出来るだけ自然な動きで姉を振り返った。彼が片付けた書類の束に視線を向けて少佐が囁いた。
「折角来てもらったのですが、暫く窓口を閉めることにしました。」
未決申請書を持って、デネロスが隣の文化財・遺跡担当課へ行くのを、ステファンは視野の隅に捉えた。
「もうお役御免ですか?」
ちょっぴり残念な気分だ。デスクワークは好きでないが、「もう必要ない」と言われるのは哀しい。
ケツァル少佐が意味深な笑を浮かべた。
「遊撃班の副指揮官にわざわざ来てもらって1日で帰らせるのでは、私もセプルベダ少佐に申し訳なく思います。ですから、ちょっと貴方に付き合ってもらいます。」
副官席のロホがクスッと笑った。ステファンは不安を感じた。正直なところ、異母姉の「ちょっと付き合え」は今迄碌なことがなかった。少佐が机に寄り掛かって言った。
「オルガ・グランデに行きます。道案内しなさい。」
ステファン大尉は彼女を見上げた。オルガ・グランデは彼の生まれ故郷で、少佐は仕事で何度もあの街に足を運んでいる。道案内が必要とも思えないが、恐らく下町やスラム街に足を踏み入れる可能性があるのだろう。
「承知しました。」
とステファン大尉は答えた。
「出立は何時ですか?」
「今夜のバスで行きます。」
オルガ・グランデ行きの長距離バスが出る曜日ではなかった。大勢の一般職員の手前、彼女は「バス」と言っただけだ。普通の移動手段を使うのではない。
アスルが立ち上がった。
「例の事件現場へ行ってきます。」
「気をつけて行きなさい。」
アスルは少佐と敬礼を交わし、リュックサックを手に取ると、オフィスを出て行った。ロホも数枚の書類を素早く仕上げると、立ち上がった。
「ひとまず、早めの夕食を取って、少し寝てから任務に就きます。」
「よろしく。」
少佐は彼とも敬礼を交わした。ロホはステファンをチラリと見た。一瞬目が合った。
ーーネズミの神様は半端な力じゃない。結界を素早く張らないと、君も少佐も怪我をするぞ。
ーー忠告有り難う。だがネズミの番は君だろう? そっちこそ油断するな。
親友同士の一種の挑発をし合って、ロホはオフィスから出て行った。
デネロスは申請書を隣の課に差し戻す作業に追われていた。博物館が閉館するまでに館長を訪問するのは難しそうだった。ステファンは少佐をチラリと見た。
ーー少尉に手を貸します。
ーーどうぞ。
事務仕事に取り掛かる彼を見て、少佐は己の机に戻った。そしてテオドール・アルストにメールを送った。
ーーオルガ・グランデに行って来ます。
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