2022/09/11

第8部 探索      14

  テオは恋人のケツァル少佐が人使いの荒い人間であることを承知していた。だからアスルに新しい命令が来て、「アルボレス・ロホス村の住民を探せ」と言う文言がペグム村の安宿に宿泊している4人全員に出された命令だと知った時も腹が立たなかった。
 翌朝、宿をチェックアウトして、村の通りの屋台でサンドイッチを買うと、彼等は小さな教会前の小さな広場で朝食を取った。アルボレス・ロホス村がどんな村だったのか知らなかったが、オクタカス遺跡の監視業務を行ったデネロス少尉も噂話で聞いたことがあると言った。

「泥に埋まってしまった気の毒な村、と言うのがオクタカス村の住民の認識ですよ。」

と彼女は言った。

「ダムを建設したのは、イグレシアス大臣なのか?」
「ノ、ダム建設を決めた政権は前の大統領の内閣です。建設大臣も別の人でした。でもダム建設が着工されたのは、現政権になってからで、イグレシアスは副大臣だった頃です。」
「それじゃ、イグレシアスに責任はないんじゃないか?」
「前大臣は途中で汚職問題で辞任しちゃったので、イグレシアスが跡を継いで、その後の選挙後もそのまま建設大臣なのです。それに前大臣は辞めた後で病気で死んじゃいましたから、アルボレス・ロホス村の元住民にしたら、恨みの対象は副大臣でも良かったんじゃないですか?」

 テオは思わずアスルを見た。アスルが肩をすくめた。

「結構いい加減な動機だな。」
「でも最初のアーバル・スァット様盗難の時は、前大臣は生きていたんですよ。でもロハスがアントニオ・バルデスの片棒を担いでアンゲルスに神像を送っちゃった。」
「バルデスはある意味とばっちりだ。ロハスは呪いが怖くて、早く神像を手放したかっただけさ。」

 ギャラガが口をもぐもぐさせながら村を見回した。

「このペグム・・・ごくん・・・すみません、このペグム村にその泥で埋まった村の住民がいるってことはないでしょうね?」
「いたら、アーバル・スァット様の話を村人に聞いて回った男女の情報をもっと用心深く消しただろう。」
「それに俺たちが連中の情報を嗅ぎ回っていることを犯人に教えただろうしな・・・」

デネロスが考え込んだ。

「アルボレス・ロホス村の住人はアーバル・スァット様を知らなかった。でも住人の中に紛れ込んでいた”シエロ”は言い伝えを覚えていた。粗末な扱いをすると恐ろしい呪いの力を発揮する神像が、オクタカス周辺の何処かに祀られていた、と。だから彼等はピソム・カッカァを探し、神像の扱い方をオスタンカ族に尋ねて回ったのです。ロハスが遺跡盗掘の常習だと知ると、彼女を操って神像を盗ませました。でもロハスは完全には支配されていなかったので、彼等の想定外の行動を取ってしまいました。呪いを恐れて神像をミカエル・アンゲルスの家に送りつけてしまったのです。連中はアーバル・スァット様の呪いが落ち着くまで辛抱強く待っていました。大統領警護隊に神像が回収され、元の遺跡に戻されて、世間が盗難を忘れるまで待っていたのです。」

 彼女が語り終えてテオやアスルを見た。アスルが頷いた。テオも彼女の考えに同意した。

「連中はアルボレス・ロホス村を終の住処として愛していたのでしょうね・・・」

とギャラガが囁いた。

「だからダムを造って村を泥に埋もれさせた政治家を憎んで・・・」
「逆恨みだ。」

とテオは言い切った。

「政府は下流の街を守る為にダムを造った。だが目測を誤って、上流の耕作地や村を破滅させてしまった。移転補償費用とかは出たのかな?」
「そんなの、出しませんよ、セルバ共和国政府は・・・」

 デネロスが溜め息をついた。

「引っ越せ、と一言言うだけです。村が一つにまとまって交渉すれば何とかしたでしょうけど、個々に訴えても駄目なんです。せいぜい引っ越し先を斡旋した程度だと思います。」
「それじゃ、役所にその記録があるのかな? 誰がどこへ引っ越したか?」
「課税の問題があるから、アルボレス・ロホス村から最初に引っ越した場所の記録はあるでしょうが、その後で別の所に移動したら、もうわかりません。」
「でも、調べてみることは出来るだろう。少なくとも、住民の名前はわかる。」

 テオの提案にアスルが珍しく賛成した。

「確かに、住民の数や家の代表者の名前はわかるな。俺はこれからアスクラカンの市役所へ行ってくる。」

 テオが同行を申し出ようとすると、彼は言った。

「ドクトルはグラダ・シティに帰れ。大学の仕事があるだろう。」
「しかし・・・」
「あんたが必要な時は、呼ぶ。」

 そう言われると、反論出来ない。テオは渋々承知した。



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