2022/09/09

第8部 探索      13

  アルボレス・ロホス村と聞いて、ロホは首を傾げた。国内の地名全部を覚えている訳ではないが、人間が居住している市町村の名前は学習している。小さな国だから行政的に登録されている村はほぼ記憶していたが、その名前の村は覚えがなかった。ケツァル少佐も脳内を検索してみた様子だったが、思い当たる節がなく、結局2人は少佐の車で少佐の自宅へ向かった。そこでは既にカルロ・ステファン大尉がいて、家政婦カーラの手伝いをしながら夕食準備にかかっていた。彼はシショカと相性が悪いので、少佐が彼女のアパートで待機を命じていたのだ。
  食卓に着くと、少佐はシショカからの僅かな情報をステファンにも分けた。ステファン大尉は村の名前を聞いて、暫く考え込んだ。何か聞いたことがある、そんな表情で食事の手を止め、空を睨んだ。その間に、少佐はアスルに電話をかけ、アスルとギャラガ少尉がデランテロ・オクタカス近郊の村でテオドール・アルストとマハルダ・デネロス少尉と合流したことを聞いた。電話を終えて、彼女は部下達に言った。

「デランテロ・オクタカス周辺で住民に神像のことを尋ねた若い男女がいたそうです。直接言葉を交わした人は記憶を抜かれていますが、目撃者が数人残っていました。」
「そいつらが犯人ですね。だが、素人だ。」

 ロホが溜め息をついた。一族の中で古代の呪法や持てる以上の能力を使おうとする人間が時々現れる。そう言う連中は、年配者からの正しい教育を受けていないか、受けることを拒んだ者だ。大統領警護隊の訓練を受けたこともないし、長老達の説教に耳を貸したこともない。だが”ヴェルデ・シエロ”である自覚は強く、己を過信している。そう言う連中が”砂の民”の粛清の対象になることが多いのだ。

 よりにもよって、一匹狼的”砂の民”セニョール・シショカの職場に神像を送りつけるとは。

 シショカの正体を知らないからこその暴挙だろうが、不運だ。シショカは恐らく彼独自のルートで犯人探しをしているだろうし、ケツァル少佐に知り得た情報の全てを分けた筈がない。犯人を見つけ出して捕まえる仕事を大統領警護隊に譲っても、最後の粛清は彼自身が行いたいと思っているに違いない。
 その時、まるで夢から覚めたかの様に、ステファンが声を上げた。

「思い出した!」

 少佐とロホが彼を見た。ステファンは少佐を振り返った。

「アルボレス・ロホス村は、現在のオクタカス村から北へ5キロほど行った森の中にあった村でした。」
「過去形ですか?」
「スィ。もうありません。私が遺跡の監視業務に就いていた時に、休憩時間に言葉を交わした村人から話を聞いたことがあります。アルボレス・ロホス村は10年以上前に地図から消えた村です。」

 彼はテーブルの上を指でなぞった。

「オクタカスとは谷が異なる川が流れていて、アルボレス・ロホス村はその川の流域にありました。細い川で、流れはアスクラカン方面へ向かっているので、オクタカス周辺の地図では記載されていません。」
「消えたと言うことは、その川が氾濫を起こしたのか?」
「氾濫ではない。」

 ロホの質問にステファンは首を振った。

「氾濫ではないが、この川は大雨が降ると土砂を大量に運ぶので、下流の町村が迷惑していた。それで、建設省がダムを造ったのだ。渓谷ではないので、浅い砂止め程度のダムだった。そのダムのせいで上流に泥がどんどん溜まっていき、アルボレス・ロホス村の耕作地は泥に埋まってしまう結果になった。」
「それは酷い・・・」
「だから、住民は村を捨てて散り散りに移住してしまい、村は消滅した。」

 少佐がステファンをじっと見た。

「その村の住民がどう言う部族だったのかは、聞いていないのでしょうね?」
「あまり歴史のない開拓村だとオクタカス村の住民は言っていましたから、共和国政府が先住民移住政策で建設した村だったのでしょう。住民は近隣の森林から集められた元狩猟民だったと思われます。土地に愛着が少なかったので、あっさり放棄出来たのですよ。」
「しかし、苦労して耕した畑を泥に埋められて納得出来なかった人もいただろう。」

とロホが呟いた。少佐が頷いた。

「セニョール・シショカはその線から当たれと私に言いたかったのでしょうね。」



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