2022/09/14

第8部 探索      17

  次の日、テオは普段通り大学に出勤した。西サン・ペドロ通りの少佐と暮らしているアパートからの出勤だ。昨夜はカルロ・ステファンも彼の区画の方に泊めてやった。ステファンは何処に泊まっても平気な様だ。彼は文化・教育省へ出勤して行った。
 テオが休む時にいつも授業の代行をしてくれるアーロン・カタラーニ院生が、引き継ぎの時に「今度はどんな事件だったんですか」と訊いてきた。すっかりテオが大統領警護隊と行動する時のパターンを理解したと言う顔だった。テオは「なんでもないよ」と答えた。

「デネロス少尉がデランテロ・オクタカスへ出張するので、向こうの人と合流する迄用心棒をしただけさ。」

 本当は彼女の方が用心棒になれるんだけど、と心の中で呟いた。授業を終えて、研究室に戻ったのは昼前だった。カタラーニを始めとする院生3名と5人の学生と共に医学部から依頼された遺伝子の分析をしていると、内線電話がかかってきた。院生の1人が電話に出た。彼女は「スィ」を3回程呟いてから、テオを振り返った。

「先生、考古学部のケサダ教授がお昼にお会い出来ませんかって・・・」

 声にちょっと失望の響きがあったのは、学生達はテオと一緒にお昼を過ごしたかったからだ。テオは時計を見て、12時半に、と答えた。院生は電話で先方に伝え、通話を終えた。そして准教授をちょっと睨んだ。

「先生、考古学の教授と会われる時は、何だか嬉しそうですね。」
「妬いてるのかい?」

 テオはクスリと笑った。

「友人達が考古学関係の仕事をしているから、考古学部の人達と話すのが勉強になるんだよ。友人達の話題について行けるからね。なんなら、君達も来るか?」

 すると意外に彼等は遠慮した。

「結構です。」
「私達がケサダ教授に近づいたら、考古学部の連中が気に食わないみたいなんですよ。」
「そうか?」
「他の教授や准教授だったら構わない見たいだけど・・・」

 要するに、考古学部の女性達がハンサムな教授を生物学部に横取りされないかと気にしているのだ。テオはそう解釈して笑った。そして心の奥では、ケサダ教授の用事は何だろうと考えていた。
 12時前に研究室を閉めて、学生達と学内カフェに行った。食事を取る彼等に付き合ってお茶だけ飲むと、入口にケサダ教授が姿を現した。セルバ人らしくなく時間に正確な人だ。テオは学生達に「また夕方」と断って、教授の方へ向かった。教授は配膳カウンターまで行き、料理を選び始めた。テオもトレイを手にして、食べ物を取り、教授が選んだテーブルへついて行った。
 教授お気に入りのテラスのテーブルだ。パラソルの下でテオは彼と向き合うと、まず新しい赤ちゃんの誕生を祝福する言葉を述べた。教授は丁寧に感謝の言葉を返した。

「義父や義兄は私に息子が生まれることを喜ばなかったのですが、妻も私も男の子を持ちたかったので、やはり嬉しかったのです。」

と穏やかに微笑みながらケサダは言った。男の子は半分グラダの血を引いている。そのナワルは恐らく漆黒のジャガーだ。成年式でナワルを披露すれば、一族の長老達にその子の父親もグラダだったとバレるだろう。フィデル・ケサダの成年式で彼のナワルを目撃した長老達はもう年を取って鬼籍に入り、今は殆どこの世に残っていない。だから彼と息子がグラダだと知れば新しい長老達は腰を抜かす筈だ。それでも、黒いジャガーなら問題はない。しかし、フィデル・ケサダのナワルは黒くないのだ。
 ケサダ教授はそれ以上子供の話題に触れなかった。

「義父が不機嫌なのですが、新しい孫の誕生とは無関係の様です。貴方とデネロス少尉が義父と面会した時、どんな話をされたのです?」

 教授はムリリョ博士の機嫌の悪さを心配していた。ファルゴ・デ・ムリリョは”砂の民”の首領だ。怒らせると恐ろしい目に遭わされる。教授はテオの身を案じてくれていた。
 テオは周囲を見回した。そして小声で簡単に説明した。

「博士がどの程度事態を把握されているのか、俺には見当がつきませんが、不機嫌の理由はわかります。強い霊力を持つアーバル・スァットの石像が遺跡から盗掘され、建設大臣イグレシアスの元に送り付けられて来たのです。」

 ケサダ教授は無言だったが、眉をちょっと上げた。神像の盗難に驚いた様子だ。テオは説明を続けた。

「大臣の私設秘書が文化保護担当部にアドバイスを求めて来ました。ケツァル少佐と部下達は今盗掘犯を探して捜査中です。神像は例の秘書が保管しているので、目下のところは心配ないと考えられています。捜査の進展については現在進行形で俺の口から話せることはありません。ムリリョ博士は神像の祟りを利用しようとした人物の行為をお気に召さないのです。」

 まだ2人共料理に手をつけていなかった。ケサダ教授は冷めてしまった料理をぼんやり眺めながら囁いた。

「アーバル・スァットは一度盗まれましたが、あれは”ティエラ”の仕業でした。」
「スィ。しかし、今回の文化保護担当部の調査で、あなた方の一族の人間達がロザナ・ロハスを唆したのだと判明しました。その人間達が再び動いたのです。」
「一族の人間達・・・」

 教授が溜め息をついた。呪いを使って他人を害しようと図る者は、”砂の民”の粛清の標的だ。

「貴方は複数で言いましたね?」
「スィ。少なくとも2人以上が関わっていると思われます。」

 教授が皿から視線を上げてテオを見た。

「貴方は”ティエラ”です。これ以上、その件に関わってはいけません。例え友人でも義父は掟に従って知り過ぎた者を粛清します。貴方には特権が与えられていますが、謙虚でいて頂きたい。」

 純粋にテオを案じての忠告だ。テオは素直に頭を下げた。


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