2022/09/20

第8部 チクチャン     1

  翌朝、テオが朝食を取りにケツァル少佐の区画へ行くと、彼女は既に着替えて出来上がった食事をテーブルの上に並べていた。部下達は全員昨夜のうちに帰った。おはようのキスの後、2人は席に着いて食事を始めた。

「マヤ語で空を名乗る家族が”ヴェルデ・シエロ”の可能性があるんだろ?」

とテオはパンにジャムを塗りながら尋ねた。

「どうしてそんな名前を使ったのかな?」
「それは当人に訊いてみなければわかりません。」

 少佐は憶測でものを言わない。テオは質問を変えた。

「シショカにその家族のことを教えるのか?」
「必要ありません。」

 と言ってから、少佐は言い換えた。

「まだ教える段階ではありません。彼等が何処にいて、本当に神像を盗んだのか、確認しなければなりません。」
「どうやって探すんだ? 呼ぶのか?」

 ”ヴェルデ・シエロ”は離れた場所にいる仲間をテレパシーで呼べる。但し、一方通行なので、呼ばれた方は返事をしないし、呼ばれたからと言って従う義務もない。下手をすれば、相手に「突き止めたぞ」と教えてしまうことにもなりかねない。
 少佐は溜め息をついた。

「追跡するしか方法はないでしょう。」

 昔、ロザナ・ロハスを追いかけてグラダ・シティからエル・ティティへ、エル・ティティからオルガ・グランデへと、彼女は移動し、途中でテオを拾ったのだ。あの時はテオが偶然ミカエル・アンゲルスの名刺を持っていたことから、ネズミの神様を見つけ出すことが出来た。テオはまだアメリカにいた時に、偶然未知の構造を持つ遺伝子を発見し、その持ち主がアンゲルス鉱石の従業員だと知って、オルガ・グランデに行こうとしていたのだ。
 尤も、その従業員が誰だったのか、今以って不明だし、今回のチクチャンと名乗る家族の行方は全く手がかりがなかった。

「取り敢えず、各部族の族長に順番に当たってみます。」

 少佐は文化保護担当部の業務を再開するよう、昨晩部下達に指示を出した。但し、カルロ・ステファン大尉はまだ遊撃班に帰らせてもらえず、アスルの家に預けられた。彼女は自分でチクチャンを探すつもりだ。そして助手に弟を選んだ。いずれ司令部に入りたいと野心を抱く彼に、族長達と交渉する経験を持たせるのも目的だった。ステファンの直属の上官であるセプルベダ少佐も、彼女がただ事務仕事の助っ人だけに大尉を使うと考えていない筈だ。文化保護担当部へ助っ人に出された彼の部下達は必ず何か新しいことを学んで戻って来る。セプルベダ少佐はケツァル少佐の教育の腕を見込んでいた。
 テオは溜め息をついた。

「俺も参加したいな・・・定職を持ってしまうと自由に動けんもんだ・・・」

 少佐がクスッと笑った。

「”ヴェルデ・シエロ”と他の部族との遺伝子の違いは直ぐわかるものなのですか?」
「直ぐ、とは行かないな。遺伝子の分析は俺がやっても最短2日は必要なんだ。」

 天才遺伝子学者がそう答えると、彼女はニヤリとした。

「蛇を捕まえたら、連中が本当は何者なのか分析して下さい。」

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